公平と幸運の少女たち…

作られた大地と言えども、ベアルトリスにも森という環境がある。
人々はそこを『御神の森』と呼んでいる。
名前からして、森はただ自生しているだけではなかった。
森はある町を守り、心までも守った。
そのせいか、『彼女』もああなのであろうか・・・。

***

学都から離れ、ついには塔を見渡せるほど場所に出た。
そこは風が強く吹き付けていた。
「こ、こんなに風が強いと、進みづらいですね」
「ここを越えれば御神の森だから」
「御神の森?」
理子が説明した。
「ここベアルトリスが作られた大地なのは分かるわよね?」
「はい。大昔に地上で大戦が起き、大地が荒廃して、科学者たちが科学の真髄を集めて作り上げたとか・・・」
「ええそうよ。でも、ベアルトリスには完全な緑は作れないわ」
「確かにそうですね。あまり森という森は見ませんね」
米斗は目の前を見た。すると、森が広がっていた。
「風がおさまった・・・?」
「ええ。そうね」
「森に近づくと風がおさまる。一体何なんだろうか?」
そう疑問に持ちながらも、米斗は森に入った。
「ちょっと待ちなさい!」
理子が米斗を引き止めた。
「さっきから、瑞穂の気配を感じないんだけど?」
米斗は驚いた。
「えっ!? 瑞穂が?」
米斗は辺りを探ってみたが、確かにいなかった。
「まさか、風に飛ばされたのか?」
さすがに、理子は否定した。
「そんなわけないでしょ! いくらなんでもそんなことはないわ」
「そうですか・・・。それなら・・・」
米斗は自分自身が来た道を探すと言った。
しかし、それを彼女が許すわけがなかった。 「だめよ。わたしを守らずにいる気?」
「も、申し訳ありませんでした」
そして理子は森へ進むと言った。
しかし、米斗は反論した。
「しかし、その可能性はないと思います」
「根拠はないのですが、瑞穂が先頭にいたのをわたしは見ています。出発した時も先頭にいましたしね」
「そう、ですか」
米斗はそれを信じて先へ進むことにした。
「瑞穂、この森はちょっと違うことを伝えていないから・・・」
理子は何かの心配をしていた。
しかし、他の人には分かっていなかった、森の役目というものを。

***

森の木々が輝いているように見えた。
しかし、理子には何かを惑わしているように見えた。
いつもとは表情の違う彼女を見た米斗は思わず声をかけた。
「どうしたんです? この森に入ってから、何かを疑うような顔ですよ?」
すると、彼女はこう言った。
「夜になるのを待ちましょう」
何も知らない米斗は言った。
「どうしてですか?」
「いいからここで待ちましょう」
仕方なく米斗は指示に従った。

夜になった。
「・・・気づかないうちに寝ていたようだ」
米斗は待ちくたびれて近くにあった木に添い寝をしていたところを理子に起こされた。
「って、時間ですか」
「いいわよ。わたしだっていつの間にか寝ていたようですし」
「理子様もでしたか」
米斗は暗いはずなのに何かの花が光っているのに気がついた。
「あの花は・・・」
それに気がついた理子はこう言った。
「蛍火の花ね」
「ほたるびのはな、ですか?」
「ええ。蛍火の花は昔夜の森で迷わないように森で自生している花なの」
「森で自生、ですか」
理子は花が光っている道を進むように言った。
「途中で光っている色が違う花を見つけたら教えて」
「分かりました」

***

しばらくすると、米斗は赤く光っている花を見つけた。
「理子様、これは・・・」
理子はその花を見た。
「ええ、これね。この先をそのまま進んで」
「分かりました」
2人は赤い蛍火の花がある道を進んだ。

すると、灯りが集まっている場所に出た。
「ここって・・・?」
「ええ。町よ」
「町、ですか」
結局瑞穂は見つからなかったが、2人は町を見つけた。
「どうしましょう。夜中なのにこの町に立ち寄るのはちょっと・・・」
「しかし・・・!」
「今の時間に行けると思います?」
「それは・・・」
困っている2人のところに誰かがやってきた。
「り〜こ〜さ〜まぁ〜」
聞き覚えのある声だった。
その声を聞いた2人はこう言った。
「み、瑞穂っ!?」
「やっほー」
「どこにいたんだよ?」
瑞穂は町の方を指差した。
それに驚いた2人だった。
「そんな・・・」
「瑞穂、あなたはどうやって?」
瑞穂は答えた。
「森に入ったら理子さまと米斗がいなかったから探していた。そして、探し回っていたら町に着いちゃって・・・」
「そう・・・でしたか」
「俺は瑞穂がそんなに先頭を進んでいたことに意外だな」
ここで瑞穂は2人も自分を探していることを知った。
「ごめんなさい」
「いいのよ」
「でも、心配したな」
「え? 米斗がわたしの?」
「い、いや、理子様のためにだ」
「もう、わたしのために心配してよね」
「わ、分かった分かった・・・」
瑞穂は町に案内すると言った。
しかし、理子がこう言った。
「町で泊まれる場所でもあるの?」
瑞穂は自信満々に答えた。
「六条宮にありますよ」
理子は驚いた。
「六条宮ですって?」
「はい。紀実さんっていう人に理子さまを呼ぶように言われたんです」
「わたしのことを話したの?」
「話したよ、もちろん」
それを聞いた米斗は言った。
「ちょうどいいではありませんか? きさ姉さんがいいと言っているのなら」
理子は言った。
「ま、まぁ、そういうのでしたら・・・。それにしても、『きさ姉さん』って呼んでいるの、あなたも?」
同調してきた彼女に彼は驚いて言った。
「はい。きさ姉さんと呼ばせてもらっています」
「ま、まぁ、いいですけどね・・・」
そう言って、彼女は町へ向かった。
米斗はそんな彼女をおかしく思いながらも町へと向かった。
瑞穂も後に続いていった。

***

御神の森に囲まれた町。
そこは『フォートレス』と言われた。 そこにある六条宮に向かった3人の前に一人の少女が出迎えていた。
「紀実、久しぶりね」
理子が気軽に言った。
彼女も気軽に挨拶をしてくれた。
「久しぶりですね。ついでに米斗君も」
「あ、はい」
彼女は近くにいる瑞穂にお礼を言った。
「ありがとね、お二人を連れてきてくれて」
「ううん。いいのいいの」
そして彼女は3人を六条宮へと入れた。

紀実は3人を広間に連れて行った。
「少しの間でいいので、ここで待っていてもらえませんか?」
そう言って彼女は何かをするために部屋から去った。
その後、米斗が理子にある質問をした。
「いったい、何をするんでしょうかね?」
「そんなことどうでもいいでしょ?」
「ですけど・・・」
不発に終わった。
そして、紀実が戻ってきた。
「理子でよかったっけ?」
呼び方をきいているようだ。
きかれた理子は答えた。
「構わないわよ。一番の友達だし」
それを聞いた紀実は安心した。
そして、早速例の事を聞こうとしたのだが・・・。
「今日は遅いですし、休んでいってくださいな」
どうやらさっきのは部屋を用意してくれていたようだ。
3人はその言葉に甘えることにした。

***

今日もなかなか眠れないのか、彼は目が覚めていた。
今日は一人だった。でも、誰かがいようがいまいが彼には関係なかった。
「俺は老人か、こんな時間に起きて・・・?」
そう言って彼は部屋のドアを開けて廊下に出た。

彼はトイレに行っていたようだ。
しかし、来た道を忘れてそのまま部屋ある方とは逆の方へと歩いていってしまった。
「あれ? なんか違う方に来てしまったようだ」
部屋から遠ざかっているのに気がついた彼は引き返そうとしていたその時である。
――らん、らららん・・・♪
声が小さいけれども、歌が聴こえた。
彼には聞き覚えがあった。
そうだ、これは10年前にきさ姉さんが歌っていた歌だ。
今でも歌っていたんだな。よほど好きなんだ。
彼は歌が聴こえた方へ向かった。
やっぱり、彼女なんだ・・・。
「きさ姉さん!」
紀実の他に、隣に理子もいた。
「理子様もいらしたのですね」
理子が言った。
「ええ。今夜は珍しく目が冴えてしまってちょっと歩いたら紀実のこの歌が聴こえてたから、つい・・・」
歌っていた紀実は歌うのをやめてこう言った。
「あ、米斗君に理子さん・・・」
紀実は久々なことに昔のことを思っていた。
「10年振り、でしょうか?」
米斗が答えた。
「そうだよ」
彼女は話を続けた。
「10年前までは二人とも時々遊びに来てくださいました」
2人は同感する。
「そんなことありましたね」
「ええ、あったわ・・・」
「二人ともわたしの歌を聴きたいって何度も言ってきたわよね」
「あったね、そんなことも」
そして、話は急に変わった。
「では、二人は空白となった10年間と、思い出のある間、どっちの話を聞きたい?」
理子はすぐに答えた。
「わたしはこの10年でここに何があったのかを聞きたいわ」
米斗も後に続いて答えた。
「俺はもっと昔を聞きたい。俺はどんなことがあったのかをそれで思い出したい」
結局理子と米斗が答えたことは正反対だった。
紀実は結局理子の言ったことを受け入れた。
「・・・分かったわ。じゃあ、10年前のあの日から何があったのかを話すわね」
そう言って彼女はその10年での出来事を話した。

***

――彼女はその10年で御子としての務めを果たすようになった。
昔も今も町の人にはとても優しくて、気軽に声だって掛けていた。
最初は友達がいなくなったのを悲しんでいたのだが、町の人の優しさに包まれて悲しみは消えていった。
そして、悲しみが消えた頃。彼女はある大きな出会いをした。

「あ、あの・・・」
彼女の前にはまだ幼い女の子がいた。
「どうしたの?」
女の子は言った。
「わ、わたし、九条楓葉といいます。これからは六条紀実様にお仕えするようにと母から言われました」
「あなたが楓葉さんね。えっと・・・」
紀実は困っていた。
わたしには何もやらせることがないし、何もしてあげられない。
そんなわたしにこの子はどうして。
「未熟なのは分かっています。しかし・・・」
その言葉を聞いた彼女は言った。
「最初から諦めているの? 最初は未熟なのは当然だと思うんだけど」
それを聞いた楓葉は泣いてしまった。
「そ・・・、わた・・・は。わた、わたしは・・・」
彼女はそのまま出て行ってしまった。
紀実が引き止める暇もなく勢いよく出て行ってしまった。
彼女はこれからは気をつけようと努力した。

次の日も彼女は来た。諦めたというわけではないようだ。
まず、紀実が昨日のことを謝った。
「ごめんね。昨日は悪く言ったつもりはないの」
そして、楓葉は答えた。
「す、すみませんでした。昨日はわたしも無礼なことを・・・」
すると、紀実が手を差し伸べてこう言った。
「さ、これからは一緒に頑張っていこうね!」
そう言われた時、楓葉の目が輝いているような感じがした――

***

話が終わった時、彼女がいた。
どうやら、3人とも話に夢中になっていて気づかなかったようだ。
「楓葉、どうしたの?」
彼女は言った。
「そろそろお休みにならないと明日に響きますよ?」
彼女は明らかに昔とは変わった。
あの落ち着かない性格から、しっかりとした性格へと。
「・・・そうね。ごめんね、二人とも、付き合わせちゃって」
「そんな、わたしは好きでこうしただけよ」
「俺もただ歌が聞こえて気になっただけだったから」
そう言って2人は部屋へ戻ろうとした。
そこで、紀実はこう言った。
「次は、二人のどちらが話してくれるのかな?」

***

翌日。
理子は朝食を終えた後、紀実に例の事を話し出した。
「紀実、いいかしら?」
彼女、紀実は待っていたかのように昨日の夜に案内した広間に招いた。
「ええ、いいわよ。でも、わたしのことは『きさ姉さん』でいいって10年前にも言ったはずよ?」
だが、理子は場合をわきまえてこう言った。
「いえ。今のわたしは任務中なので・・・。プライベートとは違うの」
彼女は理解してこう言った。
「分かったわ。立場ではわたしの方が下だものね」

話が始まった。
「真の大地、ですね。いい話でしょうが、それに伴うリスクや問題を考えてみてはどうでしょうか?」
「わたしはYESなのかNOなのかを聞きたいの」
「理子、悪いことは言わないわ。ベアルトリスの民のことを考えられない一条家の御子は失格よ」
「紀実・・・。でも、わたしは・・・!」
民のことを考える紀実に対して、それさえも忘れてしまっている理子はお互いに食い違うばかりであった。
「紀実・・・」
「理子。わたしはあなたの意思を知りたいの。誰かがあれこれ言ったことではない、あなたが思っている本当のことをね」
彼女は理子に考えさせることをさせた。
そして、その意思とは・・・。
「わたしは、本当の大地を知ってもらいたい。小さい頃おじいちゃんが話してくれたあの大地を・・・」
紀実の表情が和らいだ。
「そうですか。まだ足りないことがたくさんあるでしょうけど、昔の仲だもの、手伝えることがあったらいつでも言ってね!」
理子の表情も和らいだ。
「ありがとう、紀実」

***

その日の昼ごろだろうか。
3人はフォートレスを発ち、ベアトリーチェへと帰ったのは。
その時の六条宮では、
「よかったのですか、見送りは?」
楓葉は気を使った。
しかし、紀実はいつもとは違う感じを見せていた。
「・・・フェンディル皇太子・・・」
彼女はそう言っているように聞こえた。
「はい? 何でしょうか?」
楓葉は訳が分からないでいた。
そして、紀実は言った。
「楓葉・・・」
「何でしょうかってさっきから・・・」
「米斗君にだけ伝えてほしいことがあるの」
「はい? 米斗さんだけにですか? なぜその人にだけ?」
「お願い、他の誰にも知られてはならないの。」
よく見ると、彼女は悔しいんでいる様子だった。
「本当はわたしが今すぐにでも行きたいけど、わたしにはやることがあるから・・・」
深刻な表情の彼女に対して楓葉は用件をのんだ。

聞いた彼女には全然分からなかった。しかし、これを彼に伝えることによって何がどうなるのかなんとなく分かったような気がしていた。
「彼らは6番エリアを使ってベアトリーチェに戻るわ。6番エリアへの道はわたしが教えたからそこを最短距離として使っていると思うから」
「分かりました! 紀実様のことづけ、しっかりと伝えてみせます!」
そして、楓葉は六条宮を出て行った。
「・・・皇太子があの組織と手を組むかもしれないわね・・・」
彼女はそう言ってどこかへと出かけていった。

***

任務を果たしベアトリーチェへ戻る3人。
それを追う楓葉。
世界の裏でうごめく影を知る紀実。
まだ何も知らない残る御子たち。そして、総統。
何もしなくても世界は着々と大きな動きを見せようとしている。
そして、世界の問題は真の大地に関わることだけではなくなってくる。
そして今、世界が大きく動こうとしていることが起きようとしているのは誰も知る由もなかった・・・。


第1章 完