追われた騎士、迷う騎士…
米斗はアルフィンに着いた。
アルフィンは総統が失脚して間もない頃から神聖軍との戦いが始まっているという。
だが、朱禰はほんの2日で戦いを放棄して手を引いていた。
今でも神聖軍の鎮圧が続く中、瑠梨率いる四条家は市街戦を避けるべく、その手前の街道で野戦をして抵抗を続けていた。
そして今、米斗が来たことによりこの地でも大きな変化が訪れることになる。
***
今や瑠梨と4,5人の兵しかいない四条家はもはや神聖軍を抑える力など残されていなかった。
そこにさらに追い討ちをかける米斗がやってきた。
相手が彼女である以上、俺がやるしかないと思った米斗。
瑠梨と戦っていた兵士たちにこう言って退かせた。
「俺がやる。他は任せた」
彼らは援軍が一人だったのを構わずに他の鎮圧に急いだ。
彼らが退いた後、瑠梨はこう言った。
「何のつもり?」
そう言った彼女に対して彼はこう返した。
「ん? 裏切ったことか、それとも、俺が一人で十分だって無駄に張り切っていることか?」
彼女は答えた。
「前者よ」
「そうか・・・。俺は別に裏切ったわけじゃない」
「何言ってるの? 同じ剣の道を歩んだのなら、同じ志なのが道理でしょ?」
「何が? 元々俺は剣の道とか志とかよく分からないしな」
そう言った米斗に瑠梨は呆れた。
「なっ・・・。そんなんで、よくもあの時は戦いたくないって言ってくれたわね?」
米斗は表情を変えなかった。
「そうだったな・・・。そういえば、そんなことを言ったな」
「あなたね・・・。己の恥を知りなさい!」
瑠璃は剣も構えていない米斗に剣を向けた。
「はああ・・・!」
そんな彼でもかまわず、彼女は気合を入れた一振りを振った。
その時であった。
「やめなさい」
瑠梨と米斗の間に誰かが割り込んできた。
瑠梨の気合の一振りは見事にそれによって止められた。
攻撃を受け止められた瑠梨は驚いていた。
「九条、楓葉・・・さん」
米斗は剣を向けられたというのに微動ださえもしていなかった。
そんな彼に対して楓葉はこう言った。
「少しぐらい避けたら? ギリギリだったんだし」
「そうだったかもしれないな」
米斗をかばった彼女に瑠梨はこう言った。
「何のつもりなの? どうして・・・」
彼女はそのまま腰がおりてしまった。
米斗は楓葉にこう言った。
「なぜこうした? 俺は別にやれたし」
楓葉は答えた。
「どうせ殺すつもりはなかったし、それなりに女の子との接し方は心得ているんじゃない?」
「それは関係ないだろ。それに、俺は一言も助けてくれとは言っていないし、そもそも楓葉様が来るとは思っていなかったし」
それを当然かのように彼女は答えた。
「ええ。だって、理子様と紀実様に頼まれたから・・・」
米斗は何故その2人が自分のところに楓葉を向かわせたのかが分からなかった。
「分からなくてもいいわ。でも、あなたはこれから大きなことに巻き込まれるわ」
もう話が分からないままだった。
「な、何のことだ?」
その話を聞いていた瑠梨が言った。
「デグリメント・・・」
「デグリメント?」
米斗はもう無理矢理話に合わせるしかないと思っていた。
楓葉が説明をする。
「デグリメントとは、塔のシステムのコントロールを全て発動者のものにするもの。元々は緊急のために作られたものだけど・・・」
続けて瑠梨が言った。
「クローレンの五条宮にあった創世機械なんだけど、それをクローレンと神聖軍が誰でも扱える形にしてベアトリーチェに運び込んだというらしいの」
「は、はぁ・・・」
「今理子様と紀実様がフェンディルが占拠したベアトリーチェへデグリメントを止めに行っているんだけど、一足遅れてしまったみたいで・・・」
「な、何なんです?」
そして、楓葉は米斗にあることを聞いてみた。
「米斗さんはベアトリーチェに戻ったことがありますか?」
「いや、ありませんけど」
「そうですか・・・」
楓葉が続けて言った。
「ベアトリーチェに運ばれたデグリメントはアグリメントと合体されて真の力を発揮します」
「で、そのアグリメントとは?」
瑠梨が言った。
「そのアグリメントというものがここにありました。しかし、朱禰様が降伏の証として手放してしまいました」
「そ、そうだったのね・・・。ということは、アグリメントも改造されたのね・・・」
「ええ」
どうやら、とても悪い状況になっていることは米斗には理解できた。
「俺は、どうすれば・・・?」
「わたしたちについてきて、と言ったら?」
楓葉は協力を申し出た。
それに対して、瑠梨は不満を持った。
「何言ってんの? 米斗がそんなの受け入れるわけないじゃん。わたしたちを裏切っておいてさ」
「・・・分かった」
「え?」
米斗の意外な反応に2人は驚いた。
「本当にいいの?」
「塔のシステムを使ってどうするのかは分からないけど、真の大地とは関係ないな・・・」
「あなたって意外に薄情なんだね?」
「・・・」
米斗はあえて何も言えなかった。
そんな状況を楓葉は切り替えた。
「と、とにかく、協力してくれるのなら嬉しいって思うよ」
瑠梨も渋々言った。
「わ、分かったわよ。きょ、協力してくれるのならそれはそれでわたしも嬉しいしね・・・」
「しかし、お願いが・・・」
「何ですか?」
楓葉が聞いた。
「す、涼歌様にお会いしてもいいだろうか?」
楓葉は答えた。
「・・・いいですけど、何かあるんですか?」
だが、瑠梨は楓葉を制止させた。
「待ちなって。アレだよ、きっと」
「何なのです?」
「分かんないの?」
「うーん・・・」
米斗は何も気にしていなかったが、そろそろ止めようとした。
「あのー・・・。ただ、約束があるだけなので・・・」
「え、ええ。分かったわ・・・」
「先に行ってまーす」
そう言って2人はベアトリーチェへと向かった。
それをそのまま見送る米斗。
2人の驚いたような姿に彼は何も感じなかったが、それすらをも超えていた。
「何のことかさっぱりだ・・・」
そう言って、彼はフォーレンへと足を進めた。
フェンディルは何も言わなかった。
そして、自分の知らないところであんな計画が・・・。
米斗は裏切られたような感覚になった。
***
フォーレンはフェンディルが言っていた通り、戦いの痕は一切なかった。
なぜここだけ狙われなかったのかは分からなかったが、とにかく米斗は涼歌のいる三条宮へと向かった。
町を歩いていたが、静かな町がさらに静けさが増したような感じだった。
元々町の人がいないわけがないが、そこから賑わいが感じられない。
彼は外の人間だからなのか、それとも別の理由からなのか、そういうのがとても気になった。
だが、今の彼はそれをどうしようとは思っていなかった。
「ま、米斗さん!?」
ずっと彼が来るのを待っていたらしい。
彼女は玄関で出迎えていた。
「よかったです、お元気で」
彼はそんなに心配するほどではないと思った。
「お時間、ありますか?」
早速(実質的に)呼び出しておいて米斗の時間を気にする涼歌。
「大丈夫ですよ」
「よかったです」
思考が鈍いと言ってはなんだが、涼歌は時間があるからこそ米斗が来たことに気がついた。
「す、すみません。忙しいと来られませんでしたよね」
彼女は一生懸命詫びを入れた。
そんな彼女を彼は許さないわけにはいかなかった。
「あ、いえ、構いませんよ。そういうのは俺にもありますから」
「う、うん・・・」
米斗は居間に通されていた。
どうやら涼歌は何かをするためにどこかへ行ったらしい。
「(今は一人か・・・。あの時は理子様や瑞穂様も一緒だったっけ・・・)」
米斗はそう思いながら部屋の辺りを見回していた。
だが、見つめるものがなくすぐにそれをやめた。
そして、涼歌がやってきた。
「すみません。本当に何もなくて・・・」
そう言って、米斗にお茶を出した。
「あ、はあ・・・」
米斗はそれをすぐに飲んだ。
それに驚いた涼歌はこう言った。
「あ、あの・・・。熱いですよ、とても」
そんなことを考えていなかった彼は茶の熱さをとても感じた。
「うっ・・・。あちっ!」
彼のリアクションに彼女は笑った。
「うふふ・・・。米斗さんってば・・・」
「す、すみません。つい、のどが渇いていたもので」
「お茶はゆっくり飲むものです。お話しながらでもお飲みになってください」
「は、はい・・・」
2人は最近会ったばかりだというのに、意外に話が合う仲だった。
小さな話は趣味から、大きな話はこの世界のことまで、と弾んでいた。
どういうわけか、2人に共通することはなかったが、同調しあっていた。
「こんなに楽しいとは思いませんでした」
彼女は誰にも見せたことのないうれしい顔をしていたそうだ。
「そうですね。ここまで気軽に言い合える人がいるのは俺にとっては嬉しいですよ」
「わたしもです。本当なら、父や母と気軽に言い合えるのがいいかもしれませんが、わたしには・・・」
「涼歌・・・」
米斗は気を取り直した。
「いやいや、暗い話はなしですよ」
「すみません。わたしがだめなばかりに・・・」
「ところで、ちょっと・・・」
「はい?」
米斗はこれからベアトリーチェに向かうことを涼歌に話した。
すると、彼女は哀しそうな顔をした。
その顔を見た彼は予想通りかのようにこう返した。
彼は立ち上がって彼女に手を差し伸べた。
「・・・行きましょうか、一緒に?」
「・・・わ、わたしは・・・」
「嫌ならいいんです。俺は涼歌にも見てもらいたいんだ、今の世界の状態をね」
「わたし・・・」
彼女は戸惑っているようだった。
「あ、あの・・・」
「またあなたにとっては絶望を見せてしまうのかもしれません。しかし、理子様がやろうとしていることは決して悪いことではありません」
「そ、それは分かります。しかし、わたしは・・・」
「何があっても俺があなたを守って見せます!」
だが、涼歌は米斗が思ったような彼女ではなかった。
「そういうことじゃないんです!」
急に彼女が怒鳴った。
それに驚いた米斗。
「守ってもらうとかの問題じゃありませんよ。わたしは何もできないんです・・・。」
涼歌は米斗に訴え始めた。
「わたしがいたところで誰のためにもならない。わたしは周りを不幸にさせるのよ」
それを聞いた彼はこう言った。
「・・・周りを不幸にさせる、だと? あなたはそう思っているかもしれませんが、俺は幸せだ。涼歌がいるからどんなに嫌なことがあったとしても耐えられるんだ! 誰かが君を不幸だの、君が不幸にするだのと言ったなら、俺はこう言ってやる!」
彼は一呼吸置いてこう言った。
「涼歌が不幸を呼んでいるんじゃない、お前が不幸を呼んでいるんだ、とな・・・」
「米斗さん・・・」
涼歌は嬉しかった。
いつしか、彼は本当に信じられると心の底から思うようになった。
「・・・すみません。わたし、自分に自信を持たなくちゃね・・・」
「そうですよ。もしよかったら、俺を頼ってください。俺があなたを頼ったように・・・」
「うん!」
そして、涼歌は居間を出て行った。
「わたしも行きます。でも、明日の朝でもいいでしょうか?」
いろいろと準備をするようだ。
「ええ、構いませんよ」
こうして米斗は明日の朝に涼歌と共にベアトリーチェに向かうことになった。
***
翌朝。
涼歌がベアトリーチェに向かう前にあることを言い出した。
「昨日の夜に一生懸命考えちゃいました」
「何をですか?」
「『涼歌が不幸を呼んでいるんじゃない、お前が不幸を呼んでいるんだ』っていうのはどういうことかと・・・」
米斗は答えた。
「その答えはまずは涼歌から聞きたいです、俺は」
「わたしは、米斗さんがかばってくださった言葉だと思いました」
米斗の答えはこうだった。
「涼歌が悪いんじゃない、涼歌のせいにしている人が悪い、そういう意味です。しかし本当は、涼歌がどんなになろうと、俺は涼歌と共に道を歩もう、というのが答えでした」
「米斗さん・・・」
彼は彼女が御子であることをずっと忘れていた。
「す、すみませんでした! み、御子様であるのに・・・」
しかし、彼女は首を横に振った。
「ううん・・・。米斗さん、わたし、あなたでもいいと思っています」
「え?」
「え? じゃありませんよ。このわたし三条涼歌に誓いを立ててくださったこと、感謝しています」
「そ、そういうことじゃないんだけど・・・」
そんなことは構わず涼歌は話を続けた。
「米斗さん。これからあなたを『米斗』と呼ばせてもらいます。そして、あなたにこれを・・・」
そう言って彼女はリングのようなものを取り出して米斗に渡した。
「こ、これって・・・」
「エンゲージリング、というわけじゃないけど、米斗がよければ・・・」
米斗は本心ながらも、リングを受け取ってこう言った。
「そうですね。俺はあなたのことが好きでした。あった時からあなたがいいと決めていました」
そう言われた涼歌は少し泣いていた。もちろん、喜んでいる。
「うん。ありがとう・・・。こんなわたしでもあなたと共に行けることを感謝しています!」
「こちらこそ、どうもありがとうございます!」
急に告白が始まって、そして終わった。
これから2人にどんなことが訪れるのかは誰にも分からないが、お互いに頑張っていけばどんなことでも乗り越えられるということは分かりきっていた。
「さあ、行こうか、ベアトリーチェへ!」
「はい!」
そして、2人は一緒にベアトリーチェへ向かうのであった。