無様世界 その2

気が付くと、彼は地下のような所で目が覚めた。
「ここ・・・は・・・」
彼はとにかく、外に出てみようとした。
「さ、寒いなぁ・・・、それにしても」
地下から出ると、寒さは感じなくなった。
「何で寒かったんだろう・・・。ま、いいか・・・」
米斗はここに来る前に涼歌が言ったことを思い出した。
「唄を歌う部屋・・・か・・・」
一度、彼女と一緒に三条宮へ戻った時にそこで歌を歌ってくれた所だ。
彼は遠くで魂が眠っている涼歌をそこへ運び込もうとした。
そして、一条宮を出る時に、一人の男に声を掛けられた。
「生きていたのか・・・」
意外に心配されていたようだ。
「はい、真之介様」
「理子がとても心配していたな・・・。その・・・、今すぐに安心させたいのだが・・・?」
だが、米斗はそれを断った。
「いえ。俺には『約束』がありますから・・・」
米斗の隣に涼歌がいるのに気が付いた彼は、納得した。
「そうか・・・。お前には護るべきものがあるのだな?」
「はい!」
「理子のことなら、いつでもよさそうだな。その代わり、きちんとやってきなさい」
「ありがとうございます!」
米斗は涼歌を抱いて、すぐに三条宮へと向かった。
それを見送った真之介は、理子のことについて考えた。
「我が娘も、いずれは走り出すのだな・・・。だが、今は私の跡を継いでくれることだけを考えているようだ・・・」
彼から見れば、彼女は未だに米斗を諦めていないように見えた。
「ふふっ。いよいよ、本当に隠居をするべきかもしれないな・・・」
そう、彼は笑って言って、自分の部屋へ戻った。

***

三条宮までは、徒歩だと2日はかかった。
そして、米斗は唄を歌う部屋に涼歌を寝かせた。
「着いた・・・」
協力してくれた使いの者が言った。
「ひとまず、このままにしておきましょう」
「そのつもりです」
「ご用件がありましたら、お声をかけてください。わたしはまだ他にもやることがありますが・・・」
米斗は頷き、使いの者を外に出させた。
「ここで涼歌に会えるのか・・・」
彼は涼歌に会いたい気持ちを抑えきれずに祈り始めた。
「涼歌・・・」
彼は祈り続けた。
だが、何も起こらない。
ふと、彼は部屋を見回した。
そして、ある唄が書かれたものを見つけた。
彼はすぐさまにそれを開いた。
「これって・・・!」
彼は書かれていることを言ってみた。
「心の扉 閉じたら絶望の時 開いたら希望の時 この譜を読みし者は契約の証か? それとも、支配か?」
すると米斗は、力が抜けたかのようにその場に倒れこんでしまった。
「俺は・・・、支配なんか・・・」

***

どれだけ時間が経ったのだろうか?
米斗はまた戻ってきたのだ、あの世界に。
「・・・はっ!? ここって・・・」
気が付いて飛び起きると、見覚えのある光景が広がっていた。
「だ、大丈夫ですか? ・・・じゃなくて、大丈夫ですね」
「す、涼歌・・・」
「うん・・・」
近くに涼歌がいた。
「待ってました、あなたを」
「え?」
突然「待ってた」と言われても、何のことか分からなかった。
「お、俺は・・・」
「米斗も分かっていると思うの。あの大陸のことを・・・」
「うん、分かるよ。だってあれは・・・」
「わたし、だから・・・」
米斗は、涼歌の無事を安心して、思わず抱いていた。
「あ、あの・・・!」
思ってもいない状況に、米斗は慌てふためいた。
「ご、ごめんっ!」
「ううん、別にいいんだけど・・・」
発展のないやり取りに、涼歌は強引に言いたいことを言った。
「わたし、消えそうなの・・・」
「え?」
「ううん、なんていうか・・・」
そう言うと彼女は、心で米斗に何かを訴えかけてきた。
彼はそれを感じた。
「このままだと、わたしは本当に死んでしまったことになるのよ」
「そ、そんな・・・!? でも、君を救う方法はあるんでしょ?」
「あるわ。でも・・・」
「でも、って何なんだ?」
そして、彼女はこう言った。
「まだ、米斗に明かせないことがあるの・・・。それを知られると、とても怖いのよ・・・」
「え、どういうことだ?」
「・・・わたしの心象世界で起こっている問題を、米斗には一緒に解決して欲しいのよ。でも、そこで起こることは全てわたし自身が思っていることだったり、やってみたいことだったり、他にはわたしの記憶の破片だったりするの・・・」
「そこで、涼歌の様々な姿を見られてしまうんだね?」
彼女は頷いた。
「そう・・・。わたしは心を許したって言ったけど、まだあなたには言えないことだってあるの」
米斗は頷いた。
「知って欲しくない、ううん、知ったらわたしを絶対嫌いになるに決まっている! ・・・そんな気がするのです」
「・・・」
米斗は考えた末に答えを出した。
そして、彼はまた彼女を抱いた。
「俺は、どんなことがあっても、涼歌の秘密は守るし、涼歌の嫌がることは絶対にしない。それに・・・、俺はどんなことがあっても逃げないよ!」
「米斗・・・」
彼の言葉を聞いた彼女は安心した。
しかし、裏ではそれが確かなものなのか、疑いがあった。
「うん・・・、その言葉、信じてみるよ」
そう言った彼女は、米斗に進むべき道を示した。
そして、彼と共にその道を進んだ。

***

道を進むと、空が広がるだけの世界に出た。
「空を、浮いているのか?」
涼歌はこう答えた。
「ううん。こここそ、わたしの世界のひとつ。この世界の空みたいに自由になりたいって思ったことがあるの」
そう言って、彼女は大空に手を広げた。
「涼歌?」
「ううーん・・・っ! でも、米斗のおかげでこの世界の空みたいに自由になれちゃった・・・」
「・・・嬉しいか?」
「ええ!」
そして2人は先へ進もうとした。
だが・・・、
「この先に易々と行かせると思う?」
どこからか声がした。
そして、大空の世界からどこかに落ちていくような感じになった。
「な、何だ!?」
「え、何なの?」
「何だっていいじゃないのよ、別にさ・・・」
地獄のような世界に落ちると、そこには涼歌に似た少女がいた。
「涼歌が、2人?」
米斗は困惑しかけたが、彼女らはそれぞれ姿が違った。
「あはは。こんな弱々しいやつと一緒にしないでくれる?」
「なっ、わたしは・・・っ!」
「何よ? あんたは自分で『落ちこぼれ』って言っていたじゃないの?」
「わたしは・・・」
米斗は、『落ちこぼれ』の涼歌を庇った。
「俺にとっては、どの涼歌も同じだ。どれも俺にとっては『落ちこぼれ』じゃないよ!」
それを聞いた、『落ちこぼれ』ではない涼歌が笑って言った。
「ふざけないでくれる? わたしは嘘つきの『その子』とは違うわよ!」
そう言うと、彼女は何かを始めようとした。
これから起きることに気づいた涼歌は彼女を止めようとした。
「やめてっ! ・・・それだけは、やめてよ!」
「やめないよ? だって、これはあなたも望んでいることだからね、彼を地獄に陥れるっていう心の下にね・・・」
「ううん。そんなこと、望んではいません!」
「いいや、望んでいるからこそ、本当に止めようとしないんだよ?」
「あ・・・」
涼歌は彼女の言葉を大きく感じた。
「ごめんね。わたし、本当に・・・」
「待て! 待つんだ!」
「本当にごめんなさい!」
彼女は米斗を何かで思いっきり殴って気絶させた。
「ふふっ。本当によかったのかな?」
「・・・よかったんだよ、これで・・・」
「でもさ、せっかく来てくれた人なのに、殺しちゃったわけ?」
「ううん、殺していないよ。気を失っているだけだよ・・・」
一体、彼女らは米斗に何をしようとするのか・・・?

***

ここは涼歌の世界。
彼女しか知らない世界の中に、今は干渉が入ろうとしていたのである・・・。

「(・・・ここは?)」
『彼女』の何気のない一日が今日も始まろうとしていた。
「(ここは、誰かの部屋だな)」
『彼女』は身支度を整えるために、鏡に向かった。
だが、『彼』はある異変に気づいたのであった。
「(・・・俺、女の子になってる!?)」
『彼』の声が聞こえていないのか、『彼女』は反応すらなかった。
「美子、いっつも遅れているわよ。早くしなさいよね!」
『彼女』の名は、芳乃美子(よしのみこ)。
彼女は三条宮に侍女として仕えてから1年という経歴の浅い侍女であった。
そう、遠くから声がした。
「(え? 何なんだ?)」
声は言った。
「(あんたはこれから、本当に地獄を見ることになるからね? どう足掻いたって無駄なんだから!)」
「(そんなことっ・・・!)」
「(まぁ、この子と一緒にいてみなさい?)」
「(待てっ!)」
だが、声はもう聞こえなかった。
「(・・・しょうがないか・・・。俺は決めたんだ、どんなことがあっても逃げないって!)」
そして『彼女』は涼歌の所に向かった。
「遅れて申し訳ありませんでした!」
そんな彼女に涼歌は優しく声を掛けた。
「ううん、大丈夫。今日は大したことはないから」
「でも、御子様・・・!」
「今すぐに部屋の掃除をやってきなさい」
「は、はい・・・!」
美子はそのまま部屋の掃除に取り掛かった。

1時間後。
彼女は掃除を済ませた時に涼歌に話しかけられた。
「あ、そのまま続けてもらってもかまいませんよ?」
「いえ、掃除は終わりましたので・・・」
そう言って、彼女は道具を片付けた。
その後、涼歌は話を始めた。
「あのね・・・」
彼女は美子にある相談を持ちかけてきた。
「・・・え、それは・・・」
美子にとって、それはとても無理な話だった。
「だめです! それは許されないことです」
拒絶し続ける彼女に対して、涼歌はいつもとは違う別の感情を見せた。
「へぇ・・・、無理なのね?」
「あ、あの・・・」
そして、彼女は驚きの一言を言った。
「わたしがやるからさ・・・」
「へ!?」
「ばらそうたって無駄だからね?」
それを言われたからには、美子は従うしかなかった。
「・・・分かりました」
そしてこの夜、事件が起きたことは2人以外誰も知らなかったのであった。

翌朝になって、事件が発覚した。
「あ、あの・・・。どうかしましたか?」
美子はあえて知らないフリをしていた。
「ご主人様と奥様が何者かに殺されていたんだって・・・」
「しかも、みんなが寝静まるまでは生きていたことが知られているから、多分夜中に殺されたんじゃないかって・・・」
「でも、悲鳴とか聞こえなかったよね・・・?」
「うんうん」
侍女たちはそう口々に言った。
「た、大変ですね・・・」
美子はそう言って、涼歌の所へと向かった。

涼歌の所へ向かうと、涼歌は何事もなかったかのようにいた。
「あ、あの・・・」
美子は何気なく声を掛けた。
「あ、来たわね・・・」
涼歌こう言って、美子に近寄った。
「気づかれていないわよね?」
「はい・・・」
今日は異様に人の数が少なかった。
どうやら、本家の方へ出ているようだ。
本家とここはそんなに距離はないが、お互いに関わりがなかった。
「今日は、どうしましょうか?」
「じゃあ・・・、掃除、頼むね」
そして、美子は全ての部屋の掃除をすることになった。
彼女は必要以上に掃除をした。
色々な所を掃除をしてみたが、人が涼歌以外、誰もいなかった。
掃除を終えると、急いで涼歌の所へと向かった。
「あの・・・。誰もいませんね・・・?」
美子の素朴な疑問に、涼歌はこう答えた。
「だって、わたしがあなた以外に本家に行くように言ったからよ・・・」
「そ、そうなんですか・・・!?」
すると、突然涼歌が美子をその場に押し倒した。
「な、何なのですか!?」
「(す、涼歌!?)」
「いい子ね? あなたのような人、好きよ」
「えっ!?」
「(なっ!?)」
涼歌はそのまま美子を縛り付けた。
「あ、あのっ!?」
「いいよ、いいよ? あなたの心、欲しいの」
「あ、いやぁ・・・」
彼女は、涼歌のされるがままになった。
上の服だけが脱がされた。
「や、やめて・・・ください・・・」
「こうしないと、分からないから・・・」
さすがに何かを疑った美子は涼歌にこう訊ねた。
「何をするつもりなのですか?」
そして、涼歌はこう言った。
「ウフフ。名誉あるのよ? わたしの力になれるんだよ? わたしの生まれつきの病気が、あなたのおかげで治せるんだから・・・」
「あ、の・・・。わたしは・・・っ!」
「(そういえば言っていた・・・。涼歌は精霊の影響を受けていて、そのせいか霊力による病気にかかりやすかったって・・・)」
「死んでよぉ! わたしもみんなみたいに自由にいたいの!」
そう言って、涼歌は近くに置いてあったナイフを持った。
そして、美子の胸元にナイフを突き刺そうとした。
「いやぁーー!!」
「(さあ、地獄を味わうんだ!)」
「(・・・何が、地獄だっていうんだ?)」
ナイフが勢いよく刺さった。
「(・・・!)」
「(あの子はいずれは生け贄になる役目があったのよ)」
そして、美子は勢いよく倒れた。
その中で、米斗の目の前が段々暗くなっていく中で、こう思った。
「(涼歌が話すわけないよな、こんなこと・・・)」
そして、米斗の目の前が真っ暗になった。
だが、死んだわけではなかった。

***

意識が戻った時には、気絶させられる前の、地獄の世界に戻っていた。
気が付けば、彼は『おちこぼれ』の涼歌に見守られていた。
「俺は・・・」
「ごめんなさい。本当にごめんなさい!」
「いいんだ・・・。俺はな・・・」
米斗は彼女に『地獄』を語ろうとした。
だが、当然彼女は知っていた。
彼女が見せていたことだから。
「ううん。言わなくても分かっているから・・・」
そこに別の涼歌が現れた。
「どうだった? 精霊病で外を自由に歩けなかった。わたしは決められたことをするのが嫌いだった・・・」
「でも、あの子がいたから・・・」
「そう、あの子は精霊の力を無くす力を持っていたのよ」
「そうか・・・。それだけで彼女は・・・」
だが、疑問に思わないだろうか?
どうしても殺す必要があったのか。
「殺す必要なんか、なかったんじゃないのか?」
「それは・・・」
2人の涼歌は止まった。
「彼女の何が必要かは分からないが、普通は殺す必要はなかったと思うけど・・・」
もう一人の涼歌が言った。
「あったわよ! 生け贄だよ、分かる?」
「は?」
「『は?』じゃないわ! 3人の命が、わたしを解放するために必要だったのよ」
「なっ・・・。そんなオカルトがあっていいものか?」
涼歌は言った。
「それが、本当だったら?」
「そんな・・・」
米斗は落胆した。
「間違いだ。涼歌が、そんな・・・」
もう一人の涼歌が笑ってこう言った。
「何言っているの? わたしは本当のことしか言わないわよ。それに、あんたは全てを受け入れるって言ったわよね?」
彼女は呆れていた。
「ハッ、逃げるなんて、あんたの決意はどこへいったのかしらね? あっはっは・・・」
「米斗・・・。」
涼歌は米斗をかばうかのように言った。
「逃げて、いないって信じている・・・」
米斗はそれを聞いて気が付いた。
「忘れてた。俺ってやつは、まったくな・・・」
そして、彼はこう言った。
「ごめん。確かに俺は逃げていた。でも、誰にも話さなかったことを俺だけに話してくれたからには、しっかりと守ってやらないとな・・・」
「ありがとう・・・」
「わ、わたしは・・・」
「俺は涼歌の全てを受け入れるって決めたんだ。だから、どっちの涼歌も好きだ」
2人の涼歌はそれを素直に受け入れた。
「米斗・・・。ありがと・・・」
「み、認めてくれればよかったのよ、すぐにね・・・!」
すると、もう一人の涼歌が光りだした。
「あ・・・」
「な、なんだ!?」
「ここはこれで終わりね・・・」
そして、彼女は光となって、涼歌に取り込まれていった。
その後、涼歌はこう言った。
「今まで言いたくなかったこと、言えなかったことがたくさんあったけど、自分の嫌な過去を隠していくのって、みんなといられなくなってしまいそうな感じになったよ・・・」
「そして今、自分の嫌な過去を話したことによって、心の奥底にあった引っかかりから開放できたってわけなのか・・・?」
「うん。そんな感じだよ」
そう言った涼歌からは、今までにない笑顔があった。
「そうか・・・」
米斗も安心した感じだった。
「次、あるんだけど、いいかな?」
涼歌がそう突然言い出した。
それに数秒と惑ったが、米斗は答えた。
「あ、ああ・・・。そうだね」
そして2人は、今いる所からそのまままっすぐ歩いて行った。