世界創世の乱 〜創世への約束〜

空に浮かんでいた大陸から脱出し、三条宮に集まっていた理子たち7人は、世界各地で暴動が起きていることを慌てて駆けつけてきた瑠梨から話を聞いた。
既に大陸は消えたものの、大陸の脅威に怯える人々や大陸創世の失敗によって失望した人々が苦情を言うかのように、宮に押しかけてきていた。
今ではなんとか抑えている状態なのだが、対応がしきれないほどの人数であるために、中では物を徹底的に壊したり、役人を殴ったりしている者まで現れ始めたという。
そんな状況を、今すぐに何とかしなければと理子たちはそれぞれの宮子へと急いで戻った。

***

大陸から戻ってきた理子たちに各地の暴動のことを伝えた瑠梨は、朱禰のいるアルフィンへと急いで向かった。
しかし、暴動が起きているはずのアルフィンは、とても静かだった。
「これは、一体・・・?」
瑠梨は、街の状態を見て呆然とした。
「朱禰様!」
瑠梨は急いで二条宮へと向かった。

二条宮はもっと酷いことになっていた。
そこら辺に物が散らかっていて、多少争ったような跡もあった。
幸い、二条宮に損傷はなかった。
「朱禰様は、どこに・・・?」
瑠梨は二条宮に朱禰がいると思い、二条宮を探し回った。
すると、朱禰は自分の部屋にいた。
「そこで何をしている?」
瑠梨は、入り口を塞いでいる兵士にそう言った。
一人の兵士がこう答えた。
「暴動を収めるために、朱禰様には部屋で待機してもらってます」
「え? 暴動は既に収まってますよ?」
「いえ、今回は我々の手で退かせることができましたが、今度は上手くいくかどうか・・・」
そう言いながら、二人は瑠梨に迫ってきた。
「・・・どういうつもりですか?」
すると、彼らは瑠梨に襲い掛かってきた。
「なっ・・・!」
瑠梨はとっさに刀を鞘のまま抜こうとしたが、遅すぎた。
「くっ・・・。どうするのだ!?」
彼らは何も言わずに、瑠梨を縛り上げていった。
「言え! 何かを申せ!」
「黙ってろ!」
「な・・・っ!?」
瑠梨の鳩尾(みぞおち)に一発が食らわされた。
そして、瑠梨は気を失って、どこかへと連れ去られた。

***

瑠梨から暴動を聞いた優花と科鈴は、急いで学都へと向かった。
そこでは、大陸創世が失敗に終わったことを聞いた生徒たちでいっぱいだった。
そればかりか、優花の裏を知る生徒たちが率先して活動をしていた。
「フフッ・・・。何よ、これ・・・」
「言っている場合ですか!? 急いで止めないと・・・」
「大丈夫よ。すぐに飽きるでしょう」
「ええっ?」
この状況をどうも対処しない優花に痺れを切らした科鈴は、生徒たちの中に入っていった。
「あーあ、別にそんなことをしなくてもいいのにね・・・」
そう言って、優花はどこかへ行ってしまった。

「あの、これ以上はやめてもらえませんか!」
科鈴は集まっている生徒たちにそう言った。
「あ、副委員長・・・」
「ちょ、ちょっと・・・」
科鈴に気づいた生徒たちは、科鈴に迫ってきた。
「副委員長。空に浮かんでいたのが、私たちの望んでいた大陸なのですか?」
「そんなのが俺たちが望んでいたものだったのなら、とても怖いですね」
「副委員長!」
「副委員長ってば!」
到底、科鈴では対処しきれる人数ではなかった。いや、生徒の数が多いのは知れているから、普通の人でも無理だろう。
「あ、あのね・・・」
科鈴は大陸に行ってきたこととそこで起きたことを生徒たちに話した。
それを聞いていた生徒たちは、騒ぐこともなく落ち着いていた。
「・・・涼歌様? その人が悪いの?」
「いえ、悪いわけじゃなくて・・・」
科鈴は、大陸のことを話した。
「わたしにはよく分からないけど、唄は心に影響されるというから・・・」
「いや、だから、涼歌様の心が悪い心だったんじゃ・・・?」
「え、いや、それは・・・」
生徒たちがさらに科鈴に迫ってきた。
科鈴は大慌て。もう、どうしようもない状況かと思われた。
だが、その時、学都会長室の方から大音量の声が聞こえた。
「愚かな生徒諸君。あんたたちがどう足掻いても、あたしの前では無駄に終わるわ!」
学都会長室の建物に備え付けてあるスピーカーから、声が発せられていた。
「大陸のことは、確かにあたしたちの力不足だったわ。だけどね、あんたたちにも問題があるのはご存知かしら?」
それを聞いた生徒たちは、優花に向かって声を飛ばした。
「何を言っているんですか、委員長? 私たちにも問題があるんだって? ふざけないでよ!」
「そうだそうだ。あなたは自分の研究のために両親を殺し、そして、七条宮殺人事件をも起こした」
「そうだ。それで、俺たちにも問題があるというのか?」
それらに対して、優花はこう答えた。
「ええ。あたしは、確かに親を殺し、七条家をも手にかけたわ」
優花は、自信満々に答えた。
「だけどね、あたしはそうしたことで、大切なものを知ることができた・・・」
「それは、何だというのですか?」
優花は答えた。
「・・・愛、よ」
「愛って・・・」
「簡単なことよ。あたしが委員長でいられるのも、あんたたちのおかげでもあるんだからね」
優花の発言に、多少の疑問を持つ生徒もいたが、それを理解した生徒もいた。
「あと・・・、科鈴。早くあたしの所に来なさい!」
「え・・・。あ、はい!」
科鈴は急いで学都会長室へと向かった。
「・・・あたしは、何故か科鈴を殺さなかった。それは今になってもどうしてかは分からないこと・・・」
優花は語り始めた。
「だけどね、あたしは『護られるもの』を知りたかったから、人の死を感じようとしていたんだと思う」
「護られるもの・・・」
「そう。あたしは全て学ぶことによって物事を得ようとしていた。だけど、それは間違いだった」
そして、科鈴が学都会長室に来た。
「それは・・・、人の死は誰にも学ぶことができない。教わりたくても、ちゃんと分かっている人はいない・・・」
「ええ。あたしはそれを自分の手でやってしまった。両親によって生かされていたことを知らずにね・・・」
「それが『愛』で、『人の死を学ぶ』ということですか?」
優花はそうだと言った。
「自ら人の死を学ぶことはしないで。大切なものを忘れてしまうから」
もう、暴動を起こす生徒はいなかった。
「・・・委員長。私たちはあなたのような道を歩くつもりはありませんが、委員長も私たちと一緒に学んでください!」
「そうですよ。一人で知るよりかみんなで知る方が、とても楽しいですよ?」
それを聞いた優花は、笑みを浮かべた。
「ええ・・・。こんなあたしだけど、先輩であるあんたたちと一緒に学ぶのもいいわね・・・」
それを聞いた生徒たちから、歓声が上がった。
「委員長、万歳!」
「学都、万歳!」
「クローレン、バンザーイ!」
そして、優花はマイクの電源を切った。
「ふっ・・・。次、行くわよ?」
そう科鈴に言うと、そそくさにどこかへと出かけてしまった。
「どこへ行かれるのですか?」
「ついて来なさい。あんたは、あたしを変えてくれた剣なんだからね!」
「は、はいっ!」
そして二人は生徒たちに声を掛けて、大図書館であることを調べ始めたのであった。

***

瑠梨から暴動を聞いた紀実と楓葉は、急いでフォートレスへと向かった。
フォートレスは、見たところあの大陸ができたことによる影響がなかった。
2人はとりあえず、急いで六条宮へと向かうことにした。
「みなさん、大丈夫ですか!?」
紀実が六条宮にいた人全員を集めてこう訊いた。
「ええ・・・。大丈夫です」
「けれど、空に浮かんでいたあれが、我々の望んでいた物だったのでしょうか?」
やはり、人々の希望が砕けた後は、大きな不安が残るだけだった。
希望の大陸が攻撃してきたなんて・・・。
人々が不安の中、紀実はこう言った。
「・・・確かに、あれは創世の唄で紡がれた物です。だけど、あれはわたしたちの想いがちゃんと伝わらなかった証なのです」
「想いがちゃんと伝わらなかったって?」
「大陸創世は、わたしたち9人の御子だけでやるものではないってことです」
この世界に住むみんなが望んでいたからこそ、大陸創世を千年も前から掲げていたことなのだ。
そういう気持ちも、紀実の言ったことに含まれていた。
「100年前、ベアルトリスは千年後には崩壊しているという予言をしたものがいた・・・」
「それって、今ベアルトリスは、崩壊しようとしているということですよね」
「ええ。ベアルトリスが崩壊しようとしている今、100年前からの計画を実行しなければ、わたしたちは・・・」
みんな、黙って考えた。
「・・・100年前がどうであったかは知りませんが、ベアルトリスに住むみんなの希望を乗せたからこそ、みんなが望む大陸になるのではないでしょうか?」
紀実のその言葉に、他の人の不安は消えた。
「・・・ええ、そうですね」
「それなら、我々で世界中に希望を運んでいって伝えていきましょう!」
辺りの雰囲気が明るくなった。
「ふふっ。さすが、紀実様です」
「いいえ。これは、みんなが不安に耐えて頑張ってくれたからなのです」
「不安に耐える、とは?」
「楓葉にも、そのうち分かると思いますよ?」
そう言って、紀実はどこかへと向かった。
「どこに行かれるのですか?」
楓葉も後を追った。
「ここはもう大丈夫みたいだから、理子のところに行ってみるわ」
「分かりました。お供します」
そして、紀実と楓葉はベアトリーチェへと向かった。

***

瑠梨は、どこか暗い部屋で目が覚めた。
「・・・ここは?」
微かに話し声が聞こえた。
その方向はよく分からなかったが、瑠梨はとにかく声に耳を傾けた。
「・・・は、・・・だよな?」
「そ・・・だ。朱禰・・・・・・に・・・んだな?」
朱禰の名前を聞いた瑠梨は、すぐに部屋から出ようとした。
だが、扉は開かなかった。
ガン、ガン、と音が鳴っているのに気づいた兵士たちは、瑠梨のいる部屋の扉を開けた。
「黙っていろ!」
扉が開いた瞬間、瑠梨は兵士の一人に体当たりをした。
「やぁっ!」
「うわっ!」
そして瑠梨は、倒れた兵士から剣を奪った。
「・・・」
瑠梨はもう一人の兵士を睨み付けた。
「う・・・っ」
もう一人の兵士は剣を捨てた。
「・・・分かった。お前の知りたいことを教えてやる」
それを聞いた瑠梨は、剣を下ろした。
「・・・ありがとうございます」
瑠梨は兵士に近づいた。
すると、兵士は隠し持っていた小型のナイフを瑠梨に突きつけた。
しかし、彼女は動じもせずにナイフを持った兵士の手を振り払った。
「変な真似、しないでくださいね?」
「わ・・・、分かった、分かったから・・・!」
兵士は全てを捨てた。
「お願いします。どうして、こんなことをするのかを教えてください」
「お、俺は・・・」
「・・・さっきのは、なし。とにかく、朱禰様の所へ連れて行って」
そして、瑠梨は兵士の案内で、朱禰のいる部屋へと連れて行ってもらった。

***

――そこは、彼女の自室だった。
ここで合っているのだろうか・・・? いや、間違いのはずがない。
そう瑠梨は半信半疑で、すぐに部屋の戸を開けた。
「朱禰様っ!」
彼女は、椅子に座って、窓越しで外を見ていた。
「あ・・・」
「・・・何を、しているのですか?」
朱禰は、その問いに素直に答えた。
「ええ。あたしを狙っている悪者が二条宮に潜んでいるって言っていたから、護ってもらっていたのよ」
「そうですか・・・。というか、朱禰様はそういうガラじゃないでしょうに・・・」
「そうねぇ・・・。だけど、面倒じゃん。一々、事を起こしたってしょうがないでしょ?」
「これは、そういう問題じゃありません!」
瑠梨は、朱禰を元の朱禰に戻すために説得しようとした。
「あなたには、御子の誇りというものがないのですか。二条家に仕えている四条家の身にもなってほしいものです」
その言葉を聞いた朱禰は、こう言った。
「・・・そう、ね。そんなものは、古いよ」
朱禰は、こう続けた。
「御子だから、何なの? あたしは、勝手に御子にさせられただけ。御子になれば楽ができたから、なったの」
更に、こう続いた。
「というか、四条家は勝手に仕えているだけでしょ? あたしは、そういうのを必要としないから、瑠梨は勝手にするといいわよ?」
それを聞いた瑠梨は、ショックを受けた。
「な・・・っ!? 朱禰様は、二条家と四条家の昔の関係をご存知でないから、そんなことが言えるのですよ?」
「昔の関係? そんなの、どうだっていいよ」
「よくないから、言っているのです! わたしたち、四条家の者は・・・」
「はいはい。昔は恩とか礼とかがあっただろうけど、今のあたしたちには何にもないんよ」
確かに、今の二条家と四条家の関係は昔の好(よしみ)であるが、瑠梨はそう思っていなかった。
「そんな・・・。わたしはただ、朱禰様の下で・・・!」
だが、朱禰は瑠梨の言葉を聞かなかった。
「あーあ。今の時代に、戦争とかする人なんていないでしょ。だから、剣技とか、意味のないものなんて要らないよ」
それを聞いた瑠梨は、しばらく黙ってこう言った。
「・・・そうですか。なら、わたしの代で全て終わりにします!」
そう言って、彼女は朱禰の部屋から一歩出た。
部屋から一歩出ると、彼女は立ち止まってこう言った。
「御子の中で2番目に偉い家系である二条家の御子が、聞いて呆れます!」
そして、彼女は朱禰の姿を振り返ることもなく走り去った。
彼女も、走り去る瑠梨の姿を見つめることもなく部屋の戸を自分で閉めた。
そして、見張りの兵士にこう言って、部屋に閉じこもってしまった。
「しばらく、一人になって落ち着きたい・・・。だから、あなたたちも何処にでも行くといいわ」
「し、しかし・・・」
「黙って! あたしはもう、何もしたくはないのよ!」
「あ、あの・・・」
朱禰は見張りが話す毎に、部屋の戸に物を投げつけた。
見張りは仕方なく、その場を去ることにした。