世界創世の乱 〜永遠(とわ)の契り〜
――彼は、ずっと待っていた、彼女の笑顔が見られる日を・・・。
後に魔の大陸と呼ばれた、空に浮かんでいた大陸から脱出した7人は、涼歌を落ち着ける場所へと移動させるために、三条宮へと移っていた。
そこに、世界各地で起きている暴動の報せを持ってきた瑠梨が駆けつけてきた。
「大変ですよ! ベアトリーチェで大勢の住民が反乱を起こしています!」
それを聞いた御子達は、急いで自分たちが守る街へと向かっていった。
***
米斗は、目を覚まさない涼歌を放っておくことができなかった。
「涼歌。今から、君が一番望まないことがこれから起きるんだ。俺は、君さえいれば何だってしてやる。いや、何だってできるんだ、きっと!」
そう言って、彼は涼歌の顔を見つめてこう言った。
「何も心配しなくてもいいから・・・」
そして、米斗は三条宮の外に出た。
外に出ると、町はとても静まり返っていた。
この雰囲気は、涼歌の代になってから当たり前になっている。
だが、今日は誰も外に出ていない様子だった。
「(何なんだ? やけに静かだな・・・)」
米斗は、近くの民家の扉を叩いた。
だが、何の反応もなかった。
「誰もいないのか?」
もう一度扉を叩いてみた。
またしても、何の反応もなかった。
「何かあったのか?」
米斗は扉を開けようとしたが、扉は開かなかった。
扉には鍵がかかっていた。
「・・・仕方がない。他をあたろう・・・」
米斗は他の家にも行ったが、どの家も鍵がかかっていて扉は開かなかった。
「どの家にも誰もいない、ってことになるのか・・・」
彼は仕方なく、三条宮へ戻ることにした。
***
そういえば、三条宮にいる人の数も減ったような気がした。
そこで、涼歌を看ていた侍女に三条宮にいる人の数のことを聞いてみた。
「ちょっと、いいですか?」
「あ、はい」
「ここって、元々人の数が少ない場所なのですか?」
彼女は、こう答えた。
「・・・そういえば、空に浮かんでいた大陸が攻撃してきてから、たくさんの人がどこかへと行くのを見かけました」
「『見かけた』って、どうして止めなかったのですか?」
米斗の問いに、彼女は首を横に振った。
「いいえ。止めなかったのではありません。止められなかったのです・・・」
「どういうことですか?」
「フォーレンに住む住民皆が、涼歌様の行政に不満を持っていたのです」
「そうか・・・。でも、涼歌は・・・」
彼女は言った。
「ええ。私は涼歌様に昔から仕えていた身です。涼歌様は当主を望んでいないことぐらい分かっています」
「しかし、やらなければならなかった・・・」
彼女はそれに対して『そうです。』と答えた。
そして、こう続けた。
「当主を受け継いでもやる気がなかったので、当然フォーレンの人たちの言葉は届かなかった」
「・・・涼歌、お前は一体・・・」
米斗は、これからどうすればいいのかを話し合うことにした。
「・・・とりあえず、これからどうすればいいと思う?」
侍女は、こう答えた。
「私も、今は考えているのです・・・」
そう言って、彼女はこう続けた。
「・・・私も、ここを出ようと思っているのです」
「そうか・・・」
「・・・止めは、しないんですね?」
米斗は頷いた。
そして、こう言った。
「・・・止める義理なんて、俺にはありませんから」
そう言って、米斗は涼歌を見た。
「(街を一つ上手く動かせる訳がない俺に、この街を守る気がない涼歌と一緒にいることなんて、できるのだろうか・・・?)」
彼もフォーレンから去ろうとした。
だが、涼歌を一人には何となくできなかった。
「・・・どうかしたのですか?」
立ち止まっている彼に、侍女は聞いてきた。
「あ、いや・・・、別に・・・」
「そうですか・・・。それでは、わたしはこれで・・・」
彼女が去ろうとした途端、米斗は彼女の肩を掴んだ。
「・・・待ってくれ。俺だけじゃ、やっぱり・・・」
彼女は、肩を掴まれた手を振り払った。
「嫌です!」
「俺だけでは、涼歌の面倒は看切れないんだ!」
「何をおっしゃっているのか、分かっているのですか? あなたは、自分で私を止める義理はないって言ったのですよ?」
そう言うと、彼女は再び歩き出した。
だが、米斗は一生懸命止めようとした。
「そう・・・だな。だけど、俺は・・・」
彼は、こう続けた。
「……俺は、涼歌のことを何も分かってはいないんだ。そんな俺が、一人で涼歌を何とかできるわけがない・・・!」
「……」
彼女は、ため息をついた。
「分かってますよ。よくもそんなので、米斗さんも涼歌様もお互いに認め合えるんでしょうかね・・・」
「そ、それは・・・」
「・・・分かりました。私とて、一人の主を見捨てるほど冷たい人間ではありません」
彼女はそう言って、米斗を置いて何処かへといってしまった。
そして、5分後。彼女は、涼歌の所に何かを持ってきた。
「こちらへどうぞ・・・」
米斗が涼歌に近づくと、彼女はこう言った。
「これを、涼歌様の上に広げてください」
米斗は、言われた通りにした。
「広げたら、貴方のイメージで涼歌様を思い描いてください」
「お、俺のイメージで、って・・・?」
「・・・いいから、お願いします」
「あ、ああ・・・」
彼は目を閉じて、涼歌を想い描いた。
「・・・というか、前にもこんなことがあったような気がするのですが・・・?」
「ええ。そうですね・・・」
すると、長い巻物に書かれた文字が光った。
「うん。これで、涼歌の心に入り込めるのか・・・」
「ええ・・・。私も、涼歌様のことがよく分からないのです・・・」
「そうか・・・。でも、人の心に土足で踏み込むのは、人としてよくないことだろ?」
「今は、そのようなことを言っている場合ではありません。きっと、涼歌様もお許しになってくださると思いますよ」
そう言って、彼女は米斗を後ろから押し倒した。
「な・・・っ、おいっ!」
米斗は涼歌に重なったように倒れてしまった。
「な、何をするんだ・・・!」
文字が光っている巻物に体が触れた米斗は、そのまま意識を失っていった。
***
――再び、涼歌の心の世界に来た。
でも、前に来た時とは全然違った。
「・・・起きなさい」
「う、うん・・・?」
涼歌に声を掛けられた米斗は、すぐに起き上がった。
だが、それはこの世界での涼歌だった。
米斗が目を覚ますと、いきなり彼女はこう言った。
「何をしてくれたんだ!? あんたがしっかりしなかったせいで、わたしの世界から何もかも消え去ってしまったではないか!」
彼女は、とても怒っていた。
「まぁ・・・、まだわたしは生きているから、大丈夫なんだけど」
米斗は、涼歌が神に連れ去られたのが原因だと確信した。
「・・・俺は、今は涼歌が目を覚ましてくれるだけでいいんだ。だから、君を何とかしたい・・・」
それを聞いた涼歌は、呆れた。
「・・・そんなので、大丈夫だと思っているの?」
「あぁ・・・」
「馬鹿ね。あんたは『護る』というのを、また見誤っているわよ」
そして、彼女は米斗に何かをしようとした。
「待ってくれ。俺は、誰にも涼歌の過去や秘密を話していない。それなのに、『護る』って?」
「……いい加減、分かってよ! 涼歌自身はあんたには何も言っていないけど、涼歌はあんたを認めているんだよ!」
それを聞いた米斗は、フッと口で笑った。
「そうでしたか・・・。俺も涼歌には認めてもらいたかったよ。そして今、俺は認めてもらえているんだな・・・」
「認めてもらえているだけじゃないわよ?」
「そうか・・・。俺がこの世界に入れるのも、涼歌が自分の過去を話したのも、俺を頼っているのか・・・」
彼女は頷いた。
「そうよ。『護る』っていうことは、『お互いを信頼し合い、お互いを助け合う』ことでもあるのだ」
「お互いを信頼し合い、お互いを助け合う・・・か」
米斗は少し間を置いてこう言った。
「俺だけではなく、涼歌だけでもない。皆が信頼し合って、助け合っているんだ・・・。皆が皆、『護っている』んだな・・・」
「ほぅ・・・。わたしだけはなく、この世界の皆も助けたいと?」
「・・・できたらいいな、って思っただけさ。というか、そんなのは俺のガラじゃないけどな・・・」
米斗は、ちょっと恥ずかしがりながらそう言った。
そんな彼の手を、彼女は両手で握った。
「・・・やってみせてよ! わたしも『あなたの涼歌』でいてあげるからさ・・・」
「こんなことを御子様に言うのもなんだけど・・・」
米斗はこう続けた。
「バーカ。俺は無理なことばっかりを、何も考えずに言っちゃうんだってーの」
彼がそう言った後、彼女は笑顔で返した。
「フフ・・・。『バーカ』か・・・。確かに、とても失礼よ」
彼女はそう言うと、米斗の胸元に寄った。
「・・・でもね、今回は許してあげる」
「……」
米斗は寄り添われた涼歌に対して、どうしたらいいのかが分からなかった。
「・・・すみませんでした」
「謝らなくてもいいのよ。それに、米斗がどうしたいのかは分かっているから・・・」
そう言うと、彼女は呪文のようなものを唱え始めた。
「・・・何をするんだ?」
「神様が連れ去ったのは、涼歌の心の一部よ。ここに連れ戻すのは、容易いことよ」
「・・・?」
呪文のようなものを唱え終わった彼女は、米斗に手を握るように言った。
米斗はそれに従って、彼女の手を握った。
米斗の右手と彼女の右手、米斗の左手と彼女の左手が、お互いに握り合っていた。
「いい? あなたは、わたしの失った心を頭の中で描いてよ」
「そういえば、涼歌の失った心ってどんな心なんだ?」
「それは、あなたへの想いがいっぱい詰まった心よ」
「そうか・・・」
米斗は、涼歌への想いも込めて、涼歌の心を頭の中で描いた。
「・・・わたしはあんたのことなんかどうでもよかったけど、それはわたしがあんたを愛する涼歌ではなかったからよ」
「そう・・・だったんだね・・・」
「・・・で、ちゃんと想いは描けたようね。わたしの心にも伝わったわ」
そう言うと、彼女は米斗の手を握ったまま、手を上へと持ち上げた。
すると、一瞬意識を失ったような感覚を、米斗は感じた。
「・・・終わったわよ」
そう言われて、米斗は意識を取り戻した。
「そ、そうか・・・」
「・・・そろそろ、涼歌があんたの所に戻ってくるはずよ」
彼女はそう言うと、米斗の背中を押した。
「さあ、早くしないとあんたが目を覚まさなくなるわよ?」
「分かった・・・」
そして彼女は、再び彼の背中を押した。
「それじゃ、またね・・・かな」
「ああ、そうだな」
そう言うと、心の世界から米斗は消えていった。
***
・・・誰かの呼ぶ声が聞こえた。
間違いなかった。涼歌だった。
「う、うう・・・ん」
「よかった・・・」
「あ、ああ・・・」
米斗は、今の世界の状況を涼歌に話した。
「・・・ええ。大体のことは分かったわ・・・」
そう言うと、涼歌は立ち上がって歩き出した。
そして、彼女は米斗にこう言った。
「あのね、わたしは自由に世界を歩き回りたかったの」
「はい、存じております」
「そう・・・。それなら、今わたしがしたいことって、分かるかな?」
米斗は、少し考えてこう言った。
「ごめん。分かりません」
「『分かりません』か・・・。別に改めてかしこまらなくてもいいんだよ?」
「でも、俺は・・・」
「いいの! わたしがいいっていったら、いいのよ!」
涼歌は怒っていた。
「あ、あぁ、すまない・・・」
「うん。そっちの方が、米斗らしいよ」
そして、涼歌は改めて自分がしたいことを言った。
「・・・でね、わたしがしたいことは、このまま米斗と静かに暮らすことなのよ」
それを聞いた米斗は、彼女にこう言った。
「ちょっと待て。このまま何もしないでいるつもりなのか?」
涼歌は頷いた。
「うん。もう、大陸とかどうとかなんていうのに疲れちゃった」
「そうか・・・」
そして米斗は、涼歌を思ってこう言った。
「・・・分かった。涼歌がそういうのなら、そうすればいいさ」
そう言うと、彼は部屋を出て行った。
「え、ちょっと・・・、米斗!?」
彼女は、すぐに彼を追いかけた。
「す、涼歌様・・・!」
涼歌の侍女も追いかけた。
***
涼歌が米斗に追いついたのは、三条宮の門だった。
涼歌が追いかけてきているのに気づいた米斗は、門の前で立ち止まった。
「・・・何を考えているんだ? 涼歌はこのまま静かに暮らすんじゃないのか?」
涼歌は、頷いた。
「そうだよ。でもね、わたしはちゃんと米斗と一緒だって言ったはずだよ!」
「俺は咲芽家だ。そして、仕える身寄りのない不良・・・は余計だけど、とにかく誰かの剣だ」
「だから、何だって言うの?」
「三条宮だけが、この大陸の全てじゃないってことだ・・・」
そう言うと、米斗は再び歩き出した。
「待って・・・! 待ってよ・・・!」
だが、涼歌は足をつまづかせてしまった。
「あ・・・っ!」
「大丈夫ですか?」
涼歌は首を横に振って、大丈夫だと言った。
だが、彼女は立ち上がって追いかけようとはしなかった。
「・・・追いかけないのですか?」
侍女はそう言って、涼歌を起こした。
「・・・わたしはただ・・・、ただ、米斗と一緒に・・・」
涼歌はどうしようもできない自分を悔やんだ。
そして、涼歌はその場で泣き崩れた。
「・・・」
侍女はそれを見守った。