神と守護神
――絶空の岬。
かつてのそこは、岬ではなかった。
10年前までは、大きな森が広がっていたという。
しかし、原因不明の崩落が起きて、森が全て消えてしまったという。
この岬は、100年前の大地崩落の予言の通りとなってしまっているといえる。
だが、それから逃れる手段は、今のところ何もないのである。
――そして今、米斗は空から降ってきた紙切れの内容に従って、この岬へとやってきたのであった。
「・・・いるのだろ? 俺とお前は、10年前にここでともに真の大陸を創りあげようと約束したんだしさ?」
彼がそう言うと、フェンディルが目の前に現れた。
そして、フェンディルはこう言った。
「・・・そうだ。私とお前は、ここでそう約束したはずだ」
彼がそう言うと、突然米斗に剣を向けて、こう続けた。
「それなのに、お前は御子側に付いて、私に楯突いた! さあ、お前は、私との約束をいつ思い出したのだ?」
「俺、これを読むまでは、ずっと忘れていた気がする・・・」
米斗は、1番エリアで拾った紙切れをフェンディルに見せた。
「そうか・・・。総統反乱の時に手を貸してくれた時は、正直嬉しかったのだがな・・・」
そう言うと、フェンディルは米斗に向けていた剣を、大きく横に振った。
「ふざけんな! 私とお前の仲は、その程度だったのだな!」
「そ、それは・・・」
「問答無用だ! 貴様なんぞ、女と共にいて、ヘラヘラしていればいいんだ!」
「お、おい・・・?」
フェンディルは剣を投げ捨てて、米斗を右の拳で思いっきり殴りつけた。
「……」
米斗は返す言葉も反撃することもなく、無防備でそれを受け続けた。
その態度にフェンディルの拳は、怒りと共に力を増していった。
「ふ・ざ・け・ん・な・よ! 貴様がどんな覚悟で真の大陸創世に挑むのかを知りに来たというのに・・・。何なのだ、このザマは!?」
「・・・もないな・・・」
彼に殴り続けられながら、米斗は微かに聞こえる声で、何かを繰り返し言い続けていた。
「返す・・・いな・・・」
「ん?」
「返す言葉もないな、って何度も言っているんだ!」
米斗の顔面に迫るフェンディルの勢いある拳を、米斗は両手で受け止めた。
「うりゃあっ!」
そして、米斗はフェンディルの右腕を掴みなおして、後ろに投げ飛ばした。
「・・・確かに、俺はふざけているだろうな。あぁ、御子様たちに囲まれて、傍から見れば、チャラい男だろうな!」
米斗はそう言うと、そのままフェンディルから逃げようとした。
「はぁ? 待てよ。お前、どうして逃げるんだ!?」
フェンディルは、米斗を追った。
「逃げるのではない。このまま決闘とかになっても、俺には勝ち目がないからな」
「ふーん、そうか・・・。私に一度も勝てたことがないもんな・・・」
フェンディルのスピードでは、米斗に追いつくのもすぐにできた。
そして、フェンディルは米斗に、思いっきり蹴りを入れた。
「う・・・ぐっ!」
力強い蹴りのせいか、米斗は大きく吹っ飛んだ。
「いいことを教えてやろう。・・・大陸創世を行うのなら、神となった私に打ち勝たなければならぬのだぞ? さあ、わたしと戦うのだ!」
勢いよく吹っ飛んだ米斗だったが、何とか岬の崖に手をかけることができた。
ギリギリの状態である米斗を崖の上から見下ろしているフェンディルは、笑ってこう言った。
「ふっ・・・。このままだと、落ちて死んでしまうな?」
「・・・だから、何だ?」
「分かっているのだろう? 私を愉しませてくれよ、戦いでな・・・」
「……」
米斗は、自力で今の状況をどうにかしようとした。
しかし、フェンディルは崖を掴んでいる米斗の右手を、踏みつけた。
「逃げる気だろう? このまま逃げるのだったら、いっそのこと死ぬんだな!」
「・・・」
米斗は痛みに耐えながら、残っている左手を崖にかけた。
「約束が何だっていうんだ・・・」
「はぁ? それが、約束がロクに守れていない奴が言うセリフか? あぁ?」
フェンディルは、米斗を蹴り落とそうとした。
しかし、米斗はそれに耐えながら、崖を登ってきた。
崖を登ってきた米斗を、フェンディルはこう言った。
「よくもまぁ、自力で登ってきたものだ。褒めてあげよう」
「手を貸す気もなかったくせに。何で褒められなければならないんだ?」
そう言うと米斗は、ついに刀に手をかけた。
「フッ・・・。ようやく、やる気になったようだな!」
「ああ。やらなければいけないのなら仕方がない、って思ってな・・・」
米斗が刀を抜くと、フェンディルは遠くにあった自分の剣を拾い上げた。
そして、フェンディルはこう言った。
「あんなに痛めつけてやったんだ。お前からかかってくるといい!」
「言われなくてもなっ!」
米斗は、刀を力強く振り下ろした。
「おりゃあ!」
フェンディルはそれを、剣で受け止めた。
「はあっ!」
米斗はすかさず、刀を叩きつけ続ける。
しかし、何度やっても、フェンディルは剣で受け止め続けた。
そして、刀を扱う米斗の姿を見て、彼は呆れてこう言った。
「・・・お前は、その刀をろくに扱うことができなくなったのか?」
振り下ろされた米斗の一撃を、今度は剣で弾き飛ばした。
そして刀は宙を舞い、勢いよく地面に刺さった。
「ふざけるなよ! 共に同じ剣の道を歩んだ仲だというのに・・・。これでは先生も泣くぞ・・・」
そう言うと、フェンディルは剣を納めた。
「何だよ? あれほど戦えと言っておきながら、自分からやめるのかよ?」
米斗のこの発言が、フェンディルをさらに怒りへと進めた。
「ああ。こんな馬鹿な子供相手に、わたしが教えることなんてないからな!」
そしてフェンディルは、その場から去ろうとした。
「フェンディル・・・!」
米斗がフェンディルを止めようとしたが、彼は米斗を振り払った。
それでも米斗は、フェンディルに思いとどまってもらおうと思った。
「そうだ。約束は、今から守るからさ・・・」
そう言われたフェンディルは、そのまま立ち止まった。
「私はな、理由もなく止まるのが嫌いなのだよ!」
フェンディルは振り向き、再び米斗に剣を向けた。
そして、こう言い放った。
「・・・お前はそうやって、長い物に巻かれるつもりか? そういうお前は、大嫌いだ・・・」
その途端、米斗がその場に倒れていた。
彼の背中から地面にかけて、剣が貫いていた。
「・・・お前は、どうしてそこまで馬鹿になったんだ? 昔より酷いじゃないか・・・」
そしてそのまま、フェンディルは天へと飛び去った。
***
――気がつけばそこは、二条宮の一室だった。
どこからか、2人の女性の声が聞こえた。
「・・・で、どうして助けなかったわけ?」
「そ、それは・・・」
「その場にいたのなら、見ているだけではなく・・・」
「……」
米斗の側には、瑠梨と涼歌がいた。
「あ、気がつきましたよ・・・」
「あ、あのですね・・・!」
涼歌が一目散に、米斗に飛びついた。
「ちょ、やめてくださいって!」
「う、うん・・・。ごめんなさい」
米斗はどうして自分が二条宮にいるのかを、二人に訊いた。
二人によれば、絶空の岬で倒れていたのを見つけた涼歌が、ここまで運んできたらしい。
そして彼女は、米斗とフェンディルの絶空の岬での経緯を、一部始終見ていたという。
「・・・何とも言えない」
「どうしたの、米斗?」
米斗はこの後、何も言おうとしなかった。
空気を察してか、瑠梨は涼歌を連れてその場を去った。
「・・・あとは、米斗が何とかしてください。というか、さっさと出て行ってください」
「あ、あの・・・、何もできなくてごめんなさいっ!」
二人が去ったのを見届けた米斗は、すぐに二条宮を後にしようとした。
しかし、廊下を歩いていると、朱禰と鉢合わせをしてしまった。
「ま、米斗っ!?」
「あ、朱禰様!?」
すると突然、米斗は朱禰に手を引っ張られた。
「あ、あの、一体何を?」
「いいから、ついて来なさい!」
米斗は、朱禰の言われるがままにした。
そして、廊下の行き止まりで、朱禰はこう言った。
「ここから先、何があるか分からないのよ。一緒に手伝ってもらえる?」
「え? あ、はい・・・」
そして、朱禰が壁を押そうとした時、後ろから誰かがやってきた。
「やめろっ!」
そう言うと彼は、朱禰を壁から強引に離した。
「やめて! やめてよ、お父様!」
「やめるのはお前だ、朱禰! また、あの時のようになりたいのか?」
「もう大丈夫。今度は、絶対にうまくいくのよ!」
それを聞いても、桃香は更にこう言った。
「ふざけるな! あの時も私に黙って火虞耶の祠に入っておいて・・・。今もまた黙って入ろうとして・・・」
「だから、大丈夫って言っているのよ! 今度こそ、二条家の御子として、守り神の加護を得ないと・・・」
そう言いながら朱禰は、桃香の手を振りほどこうとする。
だが、彼も必死に耐えた。
「今更御子面されても、お前を崇める人なんて、誰もいない!」
「と、桃香様!?」
米斗が桃香を制止させようとしたが、桃香は米斗を振り払った。
「……確かに発言の度が過ぎたが、これは朱禰のためでもあるんだ。すまないが、部外者は黙ってもらえないかね?」
この後、米斗が口出しすることはなかった。
そして、朱禰はこう言った。
「別に今更、御子になろうとか考えていないから。というかわたしは、わたしの代で『御子』という存在を終わらせるつもりだから・・・」
朱禰はそう言うと、捕まれていた桃香の腕を振りほどくことができた。
「・・・これからできる新しい世界に、上下なんかない。もちろん、御子なんていうものもないって、わたしは思うの」
それを聞いた桃香は、朱禰を避けて行き止まりの壁に手を置いた。
「お父様・・・?」
そして、桃香は壁を押した。
すると、壁から通路が現れた。
「あ、あの・・・?」
朱禰は戸惑いつつも、桃香にそう言った。
桃香は、朱禰にこう言った。
「朱禰は、昔から位や身分を気にせずに、さまざまな人と付き合ってきたものだったな・・・」
そう言うと、彼は朱禰に自分の刀を鞘ごと渡した。
「え、何?」
刀を受け取った朱禰に、彼はこう言って去って行った。
「新しい世界のために力を手に入れるというのなら、お前一人だけでやってみろ!」
「え、あ、父様!?」
その時には、既に桃香の姿はなかった。
朱禰は、桃香の刀を見つめた。
「……米斗」
「はい?」
「わたし、このまま行ってもいいんだよね?」
米斗は頷いてこう言った。
「いいのでは・・・ないでしょうか?」
「そっか・・・」
朱禰は、ホッと一息をついた。
「・・・米斗。わたしのお願い、聞いてくれる?」
「え、はい・・・」
米斗は、戸惑いながらも頷いた。
「簡単なことだから、気楽にしていていいよ」
朱禰のお願いはこうだった。
――わたしが帰ってくるまで、そこでわたしを見守っていてね。もしも帰ってこなかったら、これを瑠梨に渡しておいて。
米斗は、朱禰からロケットを渡された。
「写真入れ・・・?」
米斗は、その中身を見ようとした。
しかし、朱禰は開けるなと言った。
「いい? 1週間して戻ってこなかったら、あなたがそれを瑠梨に渡すのよ?」
「1週間、ですか・・・」
朱禰は頷いた。
「・・・分かりました。どうか、ご無事で・・・」
「・・・あ、ちょっと待って!」
朱禰はそう言うと、そのままどこかへと行ってしまった。
「何ですか?」
「やっぱり、いきなりは辛いかな?」
「・・・え?」
米斗は、朱禰の後を追おうとした。
しかし、朱禰はついてくるなと言ってきた。
「な・・・、なんだかな・・・」
米斗は仕方なく、その場で待つことにした。
朱禰が戻ってくるのを待っている間、米斗のもとに、瑠梨がやってきた。
「何をしているのですか?」
瑠梨がそう聞いてくると、米斗は朱禰が火虞耶の力を手に入れることを話した。
ついでに、それをここで見守ることも伝えた。
「そうですか。朱禰様のお願いであられるのなら、仕方がありませんね」
瑠梨はそう言って、米斗の横を通り過ぎていった。
そして、朱禰が戻ってきた。
「お待たせ!」
いつものトレーナーとズボン姿の朱禰ではなかった。
「その格好、どうしたのですか?」
「ん? この格好こそが二条家の御子の礼装よ」
「そうなのですか・・・。見た目は一般的な『巫女服』っていうやつみたいですけど?」
「わたしは『御子』よ。『巫女』じゃないわ」
それは分かっています、と米斗は敢えて言った。
「えっと、準備はもう大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫よ。行ってくるわね!」
「それでは、お気をつけて!」
朱禰は、壁で隠されていた隠し通路の先にある火虞耶の祠へと向かっていった。
米斗は、それをそのまま見送った。
***
朱禰を見送った米斗は、屋敷の中庭で刀を振り続けていた。
・・・剣の使い方を間違えている。
そうフェンディルに言われて自分を見直すことにした彼は、ひたすら刀を振り続けていた。
「せいっ! たあっ!」
ひたすら刀を振り続けている米斗を見かけた瑠梨は、遠くから声をかけた。
「あの・・・。刀の素振りはかまいませんが、周りのものを壊すのはやめてくださいね?」
それを聞いた米斗は、近くにあった木の枝から少し距離を取った。
「あ、ああ、すまない・・・」
そう言うと、彼は再び刀の素振りを始めた。
「いちっ! にっ! さんっ! ・・・」
そう数を数えての素振りが、5分続いた。
そして、彼に一つの考えが出てきた。
「(……。こうして刀を振り続けていると、刀の重みを感じるな・・・)」
米斗は今更ながらも、そう思った。
――こうして、彼は日が暮れるまで、刀を振り続けた。
刀の素振りをやめて、軒下の廊下で座っていると、今度は涼歌がやってきた。
「あれ、もう終わりなのですか?」
突然声を掛けられた米斗はとても驚いたが、その後すぐにこう答えた。
「ん・・・、あぁ、素振りのことか・・・。辺りが暗くなってきたから、今日はもう終わりなんだ」
「そうですか・・・」
米斗の言葉を聞いた涼歌は、少ししょんぼりした。
そして、彼女は米斗の近くに座った。
彼女は、こう続けた。
「でも、米斗の必死に何かに取り組んでいる姿を、久しぶりに見たような気がする・・・」
「え、それは・・・」
涼歌は、笑ってこう言った。
「・・・いえ。わたしは、そんなに米斗のことを、見ていなかったかもしれないだけなんでしょうね?」
「え、ええ、まぁ・・・。初めて会ってから、まだ半年ぐらいですねね・・・」
二人は互いに、苦笑いをした。
「確かに、そうですね・・・」
「ええ・・・。それに、この世界があと半年経っても残っているのかも、この世界に住むみんなが不安に思っていると思います」
「そうよね・・・、うん・・・」
涼歌はそう言って、米斗との距離を置いて座っていたのを、米斗との距離が全くないほど近くに寄り直した。
そして、こう続けた。
「あの、米斗・・・」
「はい?」
米斗がそう言うと、涼歌は懐から小さな縦長の箱を取り出して、彼に渡した。
「これ、受け取って欲しいです・・・」
「え・・・、はい・・・」
米斗は、それを受け取った。
そして、彼はこう言った。
「あの、俺・・・、誕生日はまだ先なんだけど?」
それを聞いた涼歌は、怒ってこう答えた。
「誕生日のプレゼントとか、そういうのじゃないんです! とにかく、捨てずに持っていて欲しいのです!」
「わわっ、分かりましたから・・・」
米斗はとにかく、箱の中身を見ることにした。
「箱の中、見てみますね?」
涼歌は、頷いた。
・・・箱を開けると、箱の大きさに見合った縦に大きく長い鍵が入っていた。
「・・・鍵、ですか?」
涼歌は、そうだと言った。
「その鍵、一緒に三条宮へ戻った時に、また説明をするから・・・」
「それなら、何故俺にこの鍵を持たせるんだ?」
涼歌は、こう答えた。
「・・・持ち出しておいて言うのも何なのですが、わたし、昔から大切なものをよく失くすんです」
「そ、それは・・・ないのでは?」
「は、はい・・・」
涼歌は、恥ずかしがってそう言った。
しかし、米斗にも似たような欠点があった。
「俺さ・・・、見た目や性格通りって思われるかもしれないけど、こう見えても探し物を見つけるのは下手なんだよ・・・」
それを聞いた涼歌は、クスッと笑った。
「・・・確かに、米斗は片付けが下手だと思うよ」
「はぁ・・・。笑い事ではないんだけどな・・・」
米斗はそう言うと、箱を閉じた。
そして、涼歌にそのままそれを返した。
「え? どうして?」
米斗は、こう言った。
「三条宮で必要なら、今受け取る必要はないと思います。でも、どうしても鍵を失くすというのなら、分かりやすくしておいてはどうだろうか?」
「うーん・・・。分かりました。こうしておきますね・・・」
涼歌はそう言って、鍵に紐を付けて、それを首にかけた。
それを見た米斗は、鍵の場所を覚えておくことにした。
「首にかけておくのですね?」
「ええ。これは、本当に大切なものだから・・・」
そして彼女は、こう続けた。
「それでは、わたしはこれで失礼します。貴方の任務の邪魔をしては悪いので・・・」
「あ、ああ・・・」
涼歌は、米斗に一礼をして去って行った。
その後の彼は、穏やかな気分で、しばらく星空を見上げていたのであった。
***
米斗が朱禰を待ってから、5日が経った。
6日目になって、瑠梨が地下への入り口の前でウロウロし始めた。
「あ、あの・・・、朱禰様は大丈夫だと思いますよ?」
米斗がそう言ったが、瑠梨は悲観した。
「何を言っているのですか! もう、6日経ったのですよ?」
「瑠梨様が朱禰様の剣である以上は、心配になるのは分かります。しかし、あなたがその調子では・・・」
「そう・・・ですね・・・」
彼女は、落ち着かない様子だ。
そして、突然地下へと向かって行ってしまった。
「ちょっと待ってください!」
米斗は、とっさに瑠梨の腕をつかんだ。
「な、何をするのですか! 離してください!」
瑠梨は米斗の手を振りほどこうとするが、米斗は放そうとしなかった。
「これは、朱禰様だけでやらなければならないことなのです。そして、朱禰様自身が決めたことだから、俺やあなたにはそれをしっかりと見届けなければならないはずです!」
米斗がそう一喝すると、瑠梨はその場に止まった。
「・・・ごめん。わたし、そういうことを知らなかったばかりに・・・」
そう言うと、瑠梨は掴まれた米斗の手を外した。
そして、彼女は朱禰について言い始めた。
「・・・当主様に反発してまでも貫き通したい意思があったのですよね」
「ああ・・・」
彼女は、それで納得した。
しかし、彼女が止まるまでには至らなかった。
「すみません。剣である以上、約束を破ってでもわたしは行きます!」
そう言って彼女は、地下へと進んでいってしまった。
しかし、米斗はそれを止めようとはせずに、ただ行方を見守るだけにした。
――1時間後。瑠梨だけが、地下から戻ってきた。
しかも、大きな傷を負っていた。
「瑠梨・・・!」
米斗は、その場に倒れようとした瑠梨を受け止めた。
「・・・どうしたんだ?」
米斗がそう訊くと、瑠梨はこう答えた。
「止め………、…い……した……」
途切れ途切れにしか聞こえなかった答えを言い残し、瑠梨はそのまま動かなくなった。
「……」
米斗は何も言わずに、偶然近くを通りかかった侍女に瑠梨を託した。
***
朱禰が地下に入ってから、ついに1週間が経った。
結局この日まで、彼女は戻ってくることはなかった。
そして、米斗はある決断を迫られることとなった。
「・・・見守る側としての最後の役目、果たさせていただきます」
そう決断すると、彼は目をガッと見開き、瑠梨のいる部屋へと向かった。
瑠梨が寝ている部屋の戸が、勢いよく開いた。
ドンッ!と大きな音がして、寝ていた瑠梨は跳ね起きた。
「ちょっと! 入ってくるのなら、ノックをしてから戸をゆっくりと開けてくださ・・・イッ!」
勢いよく跳ね起きたのと怒鳴り声で、瑠梨の体中に痛みが走った。
「す、すまない・・・」
「いいわ、次から気をつけてくれれば・・・」
そして、瑠梨はそのまま倒れて、米斗に用件を聞いた。
「・・・で、わたしに用事とは?」
「朱禰様が地下に行く前に、俺は朱禰様とある役目を賜ったんです」
米斗はそう言うと、瑠梨に朱禰のロケットを渡した。
「これは・・・」
彼女はそれを受け取ると、それを握り締めて、枕に顔を埋めた。
「う、うぅ・・・」
彼女が泣いているのは、米斗にも分かった。
しかし、米斗には掛ける言葉が見つからなかった。
「あ、あの・・・」
米斗が事情を話そうとすると、瑠梨は突然こう言った。
「馬っ鹿じゃないの! わたしは、朱禰様が生きている姿をこの目で見てきたのよ!」
そう言うと、彼女は米斗にきついビンタを一発かました。
「すまない・・・」
ビンタを喰らった米斗は、項垂れた。
「俺は、いけないことをしてしまったようだな・・・?」
「いいのよ、別に・・・」
瑠梨はそう言うと、ビンタをした場所を撫でてこう続けた。
「まぁ・・・、米斗が止めてくれたらわたしはこうならなかったけど、朱禰様が死んだと思い込むだろう。でも、米斗は止めなかった・・・」
彼女は、手で握り締めていたロケットを見せた。
「結果は、このロケットで分かったことになる。もし米斗が止めて、そのままの状態でこれを受け取っていたら、わたしは朱禰様のことで泣いていたわ」
それを聞いた米斗は、彼女が言いそうなことを続けた。
「・・・俺が止めなかったから、朱禰様は生きていることを知ることができた。そして、それを知らなかった俺からそれを渡され、ふざけているのか、と怒られた・・・か」
「ま、そういうところね・・・」
瑠梨は笑った。
それに続いて、米斗も笑った。
「本当にすまなかった、と思っている。それだけは分かってくれ」
「ええ。分かったわ」
話が終わると、米斗はそのまま部屋を後にしようとした。
「あ、待って・・・!」
「どうかしましたか?」
米斗がそう言って振り返った、その時であった。
ほんの一瞬の間に、瑠梨が米斗の胸元に飛び込んできた。
「な・・・っ!」
突然のことに、米斗は驚いた。
そんな米斗をよそに、瑠梨はこう言った。
「ウフフ。隙ありです!」
「・・・ふざけているのなら、さっさと離れて欲しいんだが?」
今にも怒りそうな彼に、彼女は弱々しくこう言った。
「………にいて」
「え?」
「・・・一緒に、いて」
「それは・・・」
全く、訳が分からなかった。
米斗は、どうすればいいのかが分からなかった。
悩む米斗に、瑠梨はダメ押しの一言を言った。
「・・・本気だよ?」
「・・・」
米斗は、決断した。
そして彼は、彼女をそっと自分に近づけた。
「あ・・・っ」
「い、一緒にいてやるくらいなら、お安い御用だ・・・っ!」
それを聞いて安心した瑠梨は、米斗の頬にそっとキスをした。
その後、米斗の顔を見て、こう言った。
「ありがと!」
彼女は、米斗に最高の笑顔を見せた。
「あ、あぁ・・・」
こうして、米斗は一日中瑠梨に付き合うことにしたのであった・・・。
***
瑠梨がぐっすりと寝ている隙に、米斗は部屋を後にした。
部屋を出ると、米斗は大きな溜息と共に後悔もした。
「(何やってたんだろうな、俺は・・・)」
米斗は地下への入り口に戻るため、暗い廊下をトボトボと歩いていった。
そして、地下への入り口に着くと、その場に座った。
「(朱禰様は、まだなのか・・・。瑠梨は大丈夫だと言っていたけど、もしかしたら・・・?)」
そう心配する彼に、誰かが声を掛けてきた。
「ちゃんと待っていてくれたのね、米斗」
米斗が顔を上げると、そこには見違えるほど凛々しくなった朱禰の姿があった。
「あ、朱禰様!?」
その声は、二条宮中に響き渡ったという。
「いや、その、俺は・・・!」
「分かっているわよ、ちゃんと約束を果たしたこともね・・・」
彼女は目を閉じて、こう言った。
「わたしは、火虞耶の力だけではなく、アルフィンの地に眠る力も得たのよ。だから、米斗の言いたいことが分かるわ」
「は、はぁ・・・」
驚いている米斗に、朱禰は米斗の手を握ってこう言った。
「さて、瑠梨がああなっては、とても心配だわ・・・」
「あ、はい。しかし、今は就寝中ですよ」
「そうね・・・。それなら、明日にするわ・・・」
そう言うと彼女は、自分の部屋へと戻って行った。
その時に米斗は、自分が休んでいた部屋を使ってもいいと言われた。
そして、彼はその言葉に甘えて、自分が意識を取り戻したときにいた部屋へと向かった。
***
翌日。米斗は、瑠梨にアルフィンの外まで見送られた。
「・・・これから、どうするの?」
瑠梨が米斗にそう尋ねると、米斗はこう答えた。
「あ、ああ・・・、どうしようかと迷っています」
「そう・・・」
ここで、彼女はある提案をした。
「米斗と涼歌様が来る前に朱禰様から聞いた話なんだけど、学都で大陸創世の計画が練り直されるらしいわよ」
「大陸創世、か・・・」
米斗は、かつてフェンディルと約束したことを思い出していた。
「そうですね。そのうち、学都へ足を運んでみようと思います」
「ええ。今の朱禰様なら、きっと大陸創世を願っているとわたしは思っています。だから、わたしたちも、そのうち学都へ行くと思うわよ」
「はい。それでは・・・」
米斗はそう言って、瑠梨と別れた。
その時に、こんなやりとりがあった。
――米斗は、昨日の瑠梨と二人っきりの時のことで気になったことがあった。
「・・・昨日はすみませんでした、瑠梨に対してタメ口をしてしまって」
それを、瑠梨は全く気にしていなかった。
「いいのよ。だって、一日だけだったけど、わたしと一緒にいてくれたから、チャラってやつですよ」
「あ、ありがとうございます・・・!」
米斗は一礼をした。
そして、瑠梨はこう言った。
「・・・せっかくだし、わたしにはかしこまらなくてもいいわよ?」
それを聞いた米斗は、とても驚いた。
「えっ!? えっと・・・、考えておきます」
「ウフフ・・・。今度会った時が楽しみね・・・」
そして、微笑んでいる彼女に、米斗は見送られた。
果たして、彼の行く先はどこなのだろうか・・・?
第5章 完