1 はじまりの物語

――何だか、見覚えがあるような気がする。
わたしは、この世界に来て、最初にそう言った。
・・・わたしは、アスナというらしい。
だけど、わたしはアスナという名前が、わたしの名前なのかが分からない。

――わたしは何なの?
時々、わたしはそう思う。
すると、毎回わたしの側にいるものがこう言う。
――お前は、死刑執行人(エクゼキューター、もしくはヴァリアブル)だ。お前は、死の使いだ。
それが分からないから、わたしは困っているのだ。
だけど、そんなわたしに彼はこう言うのだ。
――死が近い者に、お前が訪れる。そして、お前はその者に死の手助けをするのだ。
・・・わたしは、その通りに何度もやった。
そして、死んだ人を見ると、何故だか悲しくなってしまうのだ。
それでいいのかを彼に問い、こう何度も言っている。
――サイズ、あなたは泣かないの?
――私は泣かぬ。むしろ、何故お前は泣く。
――わたしは何故だか悲しいの。悲しいから泣くの?
――・・・。
サイズは答えてくれなかった。
今でもわたしは、その疑問を持っている。

***

・・・わたしがこの町に来るようになって、もう1年が経ったと思う。
わたしはその間に、何人もの人に死と生をさまよう者を導いた。
そして、わたしの運命を変える出来事が起きることなんて誰が予想できたものだろうか・・・。

町のお店が並ぶ道を歩いていたある日・・・。
わたしは、一人の男の人が店の外から、中にある何かを見ているのが、何故か気になった。
「おい、何を見ている?」
彼に見とれていたわたしに、サイズが声を掛けた。
「ご、ごめん・・・。任務だね、任務・・・」
仕方なく、わたしはその場を後にした。

・・・任務が終わり、わたしは再びあの時の場所を訪れた。
だが、彼はいなかった。
「当然だ。私たちみたいに、人は時が止まっていないのだ」
サイズはそう不機嫌に言った。
多分、わたしが勝手にうろつくのが嫌だったのだろう。
だが、わたしはどうしても彼が気になった。
「まだ、探すよ・・・」
わたしはそう言って彼を探して、サイズを無理矢理付きあわせた。

空を飛んで探していると、彼を見つけることができた。
彼は家の2階にいた。
「いた・・・」
わたしは早速彼に近づこうとした。
だが、サイズがわたしを止めた。
「何をするのだ。あの男の死期はまだ先だぞ?」
「でも・・・!」
「でも、じゃない。それに、今行っても私たちはあの者には見えぬぞ」
そう、私たちは死の存在。
死の間際にある者にしか見えないのだ。
「・・・分かった。だけど、ここからでもいいから・・・」
「・・・勝手にしろ」
その後、わたしは外から彼を見続けた。

・・・彼を見つけて、もう3ヶ月経った。
この世界で言えば、4月になったらしい。
わたしはある任務を終えて、ここに来た時に作った家に帰ろうとした時のことであった。
ちなみに、家と言っても、橋を屋根にしたスペースである。
「アスナ。お前の最近の行動はおかしすぎるぞ?」
わたしはこの3ヶ月、ろくに任務を果たせていなかった。
他の人に先を取られたり、しまいには、受けられたのはよかったが、訳の分からないことをやって上手く仕事をこなせなかったりしていた。
「・・・ごめん」
「私は、お前の腕を見込んでついてきているのだ」
わたしがサイズと出会ったのは、わたしがわたしだと分かった世界で初めて目に入ったことから始まったのである。
そして、わたしの力を見込まれて相棒としてやり始めたのだ。
「お前がこのままの状態だと、私はお前を引き連れて元の世界に行くからな?」
「分かった。これからはちゃんとやるから・・・」
そして、わたしたちの元に、次の任務が届いた。
任務が届く時は、サイズに埋め込まれている宝石が輝くのだ。
「・・・分かった?」
「分かっているに決まっているだろ」
今のわたしたちには、思いもよらなかった。
次に向かう場所が、あの場所だったのだ。

***

――ついに来てしまった。
「どうしてだ。どうしてあの男なんだ・・・」
わたしたちが任務内容に示されていた場所に向かうと、そこはあの人がいる家だったのだ。
サイズは、とても驚いていた。
わたしが彼のことが気になった理由が、何となく分かった気がした。
だけど、本当の理由が他にあるのを一切考えていなかったのは事実である。
「あの人、咲野勇(さきの いさみ)っていうんだ・・・」
「そのようだな・・・」
どうやらサイズは、今回の任務は乗り気ではないようだ。
「・・・アスナ。今回は、一人でやってろ。今回で成功したら、私はお前を見直す」
「え? え? でも・・・」
「でも・・・、じゃない。今までの失敗を、一人で取り戻してみろ」
そう言って、サイズは勝手に消えてしまった。
「え、ちょっと・・・!」
しょうがないなぁ・・・。
でも、わたしだけで何ができるのだろうか? そういう初めてのことに不安を感じながらも、わたしは家の2階にある彼の部屋の窓から入ることにした。
窓は閉まっていたが、わたしには一切意味を成さなかった。
それは、今ある世界には干渉できないのが、わたしたち死刑執行人なのである。

・・・彼の部屋に入った。
部屋は散らかっておらず、時間帯のせいか、彼はベッドで寝ていた。
そしてわたしは、ベッドで寝ている彼の顔を覗きこんだ。
すると、彼はうーうー言いながら寝返りをうっていた。
「わわっ!」
突然こっちを向いてきた。
わたしは、思わず声をあげてしまった。
「う、ううん・・・」
彼が目を覚ましてしまった。
「あ、あわわ、あわ・・・」
わたしは慌てて部屋の壁に逃げた。
「ん・・・?」
だけど、彼はとても自然ではない反応をした。
「君は、一体?」
「わたしは・・・」
わたしは一瞬詰まった。
「わたしは、アスナ・・・」
「アスナか・・・」
彼は何かを思い出そうとしていた。
というか、わたしが彼に見えているんだ、やっぱり・・・。
「わたしは、あなたがやり残していることを叶えにやってきたの」
だけど、彼はわたしの言ったことを無視してこう言った。
「アスナって、俺にどこかで会ったことはないか?」
「え?」
わたしが初めて彼を見たのは商店街だけど、こうして話したのは初めてのような気がする。
だけど、わたしも彼と同じで、見かけた時から何かを思い出すような感覚があったのだ。
「ううん、勇くんとは今日が初めてだよ」
「そうか・・・。でも俺、昔にアスナっていう女子が俺と同じ学校に通っていたような気がするんだよな・・・」
「そう・・・」
もちろん、わたしには分からなかった。
でも、今はとにかく任務をこなすしかない。
そう思って、わたしは始めた。
「あなたは、やりのこしていることがある?」
わたしがそう尋ねると、彼はこう言った。
「・・・ないな。今は今で幸せだ」
「そう・・・なんだ・・・」
それなら、わたしは彼を死へと導くしかないのだ。
そして、わたしがサイズを持つと、彼はこう言った。
「死神、か?」
「ううん。わたしは、死刑執行人よ」
「何だ、死刑執行人ってのは?」
わたしは、長々と説明をした。
そして、その後・・・。
「じゃあ、君は死を見届ける役目を持っているんだな」
「うん、そうね・・・」
こう話しているうちに、わたしの脳裏にあることが浮かんできた。
それが何かは、わたしには分からなかったけど、あとで記憶だというものだと勇から聞いた。
「ん? アスナさん、どうかしましたか?」
「・・・ううん、なんでもない」
わたしは、サイズをしまった。
「ありがとう。勇くんが言ってくれなかったら、わたしは君をすぐさま殺していたと思う」
そして、わたしは何故か、彼にあることを話した。
「勇くんは、わたしのことを見たことがあるって言ってたよね?」
「ああ、言ったね」
「わたし、やっぱり君に会ったことがあるかも」
「そうか・・・」
わたしは、さっき思い出したことを話した。

――わたしは、久留野宮明日奈(くるのみや あすな)。
わたしは、特に大したことのない女子だったみたい。わたしが勇くんと初めてお話ししたのは、わたしがある授業で忘れ物をして、教室に取りに行ったことが始まりだった。

「そうだ、そうだった。明日奈だ」
「・・・でも、どうしてわたしたち死刑執行人にはこんなことがないはずなのに、わたしは知らないわたしのことを思い出したような感じになったのだろうか?」
彼はこう言った。
「死刑執行人は、記憶というものを持たないのか?」
「これは、記憶っていうんですか・・・」
「そうだな。死刑執行人は記憶を持たないとしたら、君たちには必要のないことなのか・・・」
「なら、わたしがさっき言ったことは記憶というもので、わたしたちはそういうものは必要ないのね」
「・・・かもしれない。だけど、俺はまた明日奈に会えてよかった」
そう言うと、彼はわたしを抱きしめた。
「な、何?」
「ごめん・・・」
彼は離れた。
「だけど、本当に嬉しかったんだ」
彼はとても嬉しかったみたい。
でも、わたしはアスナなのは確かだけど、久留野宮明日奈とは限らない。
「でも、わたしは本当に久留野宮明日奈とは限らないよ?」
彼は、それでもいいと言った。
「そう・・・」
どう答えが返ってきても、わたしはどうでもよかったと思った。
だけど、わたしは何故か嬉しい感覚の中にあった。
「アスナ。俺のことは、昔の呼び方でいいからな」
「昔の呼び方?」
「ああ・・・、そうだった。昔は、勇(いさみ)っていうのが言いづらいから、勇(ゆう)っていう、とアスナから言ってきたんだ」
「そっか・・・。なら、わたしも『ユウ』って呼ぶね」
彼は明日奈を懐かしんでいるような気がした。
何故わたしがそう思ったのかが分からなかった。
本当なら、気にはならないはずだろう・・・。
「えっと・・・」
しばらくの沈黙に、わたしは耐えられなかった。
「・・・ごめんなさい。黙って部屋に入ってきた上に、ユウくんまでも起こしちゃって・・・」
「ううん。5年は会っていないアスナに会えてよかったよ」
「そう・・・、5年も・・・」
5年前というと、わたしが死刑執行人として存在し始めた時と同じだ。
「どうした?」
考え事をしているわたしに声をかけてきた。
「ううん、なんでもないよ!」
突然声をかけられたわたしは、驚いた後に慌てた。
「あ、いや・・・。えっと・・・、おやすみなさいっ!」
わたしはそそくさに閉まっている窓から出て行った。
「あ、ははは・・・」
彼は寝る前にあることを言った。
「確か、アスナは俺の目の前で、事故で死んだような気がするんだよな・・・」
ユウはわたしに聞こえないところでそう言ったらしい。

***

わたしの家に戻ると、サイズはこう言ってきた。
「・・・アスナ。お前はまた・・・!」
「待って! わたしはそんなんじゃない」
わたしがユウに対して死刑執行人としての仕事をしていなかったことに、サイズはとても怒っていた。
「わたし・・・、ユウはまだ死ぬような人じゃないと思うの」
「そう願いたいものだな」
サイズは、一日で済むようなものではないだろうと悟り、まだ動かなかったアスナを大目に見た。
「だがな、アスナの姿があいつに見えていたのに、違和感を感じなかったか?」
わたしは、あっと思った。
「そう・・・だね。全く不自然にも思わなかった」
「・・・我々死刑執行人は、死期の近い者にしか姿が見えないはずだ」
だから、あいつは近いうちに死ぬのだ、とサイズは言った。
「うん・・・」
悲しいけど、わたしは彼を死に導びかなければならない。
・・・そんなことはしたくはない。
わたしはそう思った。
そして、わたしはサイズにその思いを告げた。

――だから、わたし・・・、ユウを助けたい。
もちろん、サイズは受け入れてくれる訳がなかった。
「馬鹿か、お前は!」
「分かっているよ。だけど、わたしは彼を今度こそちゃんと助けたいんだ!」
それを聞いたサイズは、何かを感じた。
「・・・アスナ。お前、まさか・・・!」
「え、何?」
わたし、何か不思議なことを言ったのだろうか? 「やめろ、それ以上は何も言うな!」
サイズが、突然わたしに頭の刃を向けて、こう言ってきた。
「お前が生(せい)に執着してどうする? お前は死刑執行人だ。死に執着をしろ!」
「わたしが生きたいんじゃない。ユウくんを死なせたくはないだけよ!」
「・・・」
「・・・」
こんな風にサイズとケンカをしたのは初めてだった。
そしてわたしは今日、サイズと一緒にいるのをやめた。
「・・・どこへ行く?」
「わたし、眠れないから・・・」
死刑執行人には、眠るという行為はないのだ。
だけど、休む程度ならできる。
人間にとっては同じように思えるだろうけど、わたしは体力を回復するとかという行為は一切しなくてもいいのだ。
それでも、わたしは体の動きを止めて、いろいろと考え事をしている。
時には、目を閉じて何かを考えていることだってある。
「空を飛ぶのか・・・? いつものことだな」
サイズはその場で、わたしを見届けた。