3 アスナ×明日奈

――かつて、謎の死を経て死刑執行人となった少女がいた。
彼女の名は、生前の『明日奈』をそのまま読むことにして、『アスナ』といった。
アスナは、死刑執行人としての使命を知ると、使命を果たさず死の近い者を生かしていった。
ちなみに、死刑執行人には死の近い者を生かす術などない。
あくまでも、死の近い者には満足して死んでもらおうというのが、死刑執行人の考えであり使命でもあるのだ。
・・・そして、死刑執行人としての使命を果たそうとしないアスナとその執行具であったものは、他の死刑執行人によって殺されたという。

――それが、わたしなの・・・?
死刑執行人の少女から話を聞いたわたしは、何故か悲しくなった。
「わたしは確かにアスナだけど、その『アスナ』は知らない・・・」
「惚けないでください。さっきの話は、上からみんなに話されたことですよ」
「わたしは知らない! 本当よ!」
何なの? わたしは一体何なの?
「・・・そう」
そう言うと、彼女は斧を振り回した。
「知らない方がいいわ」
彼女の斧が、わたしに振り下ろされる。
「きゃあっ!」
手元からサイズが放れていたため、わたしは何もできなかった。
「う、うぅ・・・」
痛みは感じたが、何故かわたしは傷を一切負ってなかった。
「アスナ・・・、すまない・・・」
サイズが、わたしのもとに寄ってきた。
「いい。何とか立てる・・・」
そして、わたしはサイズを手に持った。
平気な顔をして立ち上がったアスナを見た少女の斧は、こう言った。
「・・・死しても縁を望む者、か・・・」
「お前、それは・・・!」
ついに、サイズがわたしのことについて口を挟んできた。
「死刑執行人サスラ、そして、その執行具クロス。アスナには・・・、こいつには記憶がないのを知っていて言っているのか?」
「サスラ・・・、クロス・・・」
彼女らは、わたしより死刑執行人としての経験が少ないが、死刑執行人の世界には一生懸命尽くしている。
そんな彼女らに、完全に捕まればどうなるかなんて、分かったものじゃない。
「あ、そうそう。上から、一つ伝言があったわよ」
「な、なんですか?」
サスラはこう続けた。
「『現任務をちゃんとこなせば、あなたの罪は消えて、あなたは望む形の生まれ変わりを認める』と・・・」
それは、今わたしたちがやろうとしていることとは逆のことであった。
もちろん、わたしたちがやろうとしていることが間違いであるのは分かっている。
「・・・つまり、それは早く咲野勇を殺せということだな?」
サイズの言うことに、サスラは頷いた。
「ええ。多分そうだと思います」
わたしは当然、それに従うつもりはなかった。
「言っておくけど、わたしたちが何をしているのかがそっちに分かっていても、わたしたちは自分たちの信念を曲げません!」
きっぱり、そう言った。
「・・・そうですか。なら、一度退きましょうか」
「どうしてだ? 今でもやれるだろ」
「ううん。センパイは、まだ罪を犯していないわ」
「・・・」
サスラに促され、クロスはひとまず諦めることにした。
そして、サスラはこう言って去って行った。
「センパイ。今なら、まだ大丈夫ですよ。だから、今すぐに任務を果すことです」
サスラとクロスは、その場から飛び去った。
そして、辺りの風景が再び動き出した。
「サイズ・・・、わたしは・・・」
「何を今更・・・。お前はお前のやりたい通りにやればいい」
「じゃあ・・・!」
「ああ。我もアスナと共にあろう」
そして、ユウが店から出てきた。
「ユウ!」
わたしはユウの所に駆け寄った。
「・・・待ったか?」
わたしは首を横に振った。
「ううん、待ってないよ」
「よかった・・・」
ユウは安心すると、わたしの髪を触って、布切れみたいな物を着けた。
「な、何?」
ユウは照れながら、こう言った。
「アスナに合いそうな色が無くてな・・・」
そう言って、彼はわたしに謝った。
「あ、いや・・・」
わたしは正直どうでもよかったが、何故か嬉しい気持ちが湧いていた。
「ありがとう・・・」
わたしの髪に、黒のリボンが着けられた。
「アスナの髪の色に、目立たない程度に合う色が分からなかったからさ・・・」
「色は気にしないよ。でも、白か黒なら気にならないと思うよ」
「そう・・・だな・・・」
そう言って、ユウは笑みを浮かべた。
それに対して、わたしも笑みを浮かべた。
「・・・ねぇ、これだけなの?」
「ああ。俺は帰るからな・・・」
そう言って、ユウはその場から去って行った。
それを見届けたわたしたちも、自分たちの家に戻った。

***

――わたしは、アスナ。ううん、明日奈なんだね・・・。
でも、わたしが明日奈であった記憶はない。
そんなわたしに、サイズはこう言ってきた。
「・・・お前の真実を、知りたくはないか?」
「え?」
驚いたわたしに、サイズはこう言った。
「一度戻ることになるが、いいか?」
「一度戻るって?」
わたしは、改めて聞き直した。
「今のお前はアスナだ。確かに、お前は明日奈だ。
明日奈として記憶を消されたと、サスラたちは言っていたが、実際にお前は偽りのお前だ」
「偽りの・・・、わたし?」
「そうだ。お前は罪を犯した後、罰として永遠の死を与えられ、偽りの魂がアスナだ」
・・・事が大きいような気がした。
それが確信に至ったのは、わたしが明日奈となった時だった。
「わたしは、偽物なんだ・・・」
サイズは、話を続けた。
「・・・わたしから見ると、まだアスナは明日奈の記憶を受け止められるとは思えないが、我の知る明日奈と同じ道を辿ろうとしているお前の真意を知りたいのだ」
「わたしが、明日奈と同じ道を辿ろうとしていることがどういうこと、か・・・」
サイズは、そうだと言った。
「・・・分かった。わたしも、どんなわたしかを知りたい」
わたしは、外に駆け出た。
「行こう、天霊界(サクリティス)へ!」
わたしは、サイズを手に持った。
「ああ。明日奈がいる場所は、我が教える」
そして、わたしたちは、死刑執行人の世界・天霊界へと戻って行った。

***

――天霊界。死刑執行人の世界。
そこで死刑執行人は生まれ、死期の近い者の前に現れてその者の願いを叶える使命を持っている。
だが、どうして死刑執行人という存在が必要なのかは分かっていない。
それに、死刑執行人がどのように生まれるのかも分かっていない。
本来ここには、任務を終えていないと戻ってきてはならない決まりになっている。
だけど、任務を終えていないから戻れないわけではない。
「・・・戻って、来ちゃったね」
「ああ・・・」
決まりを破ってここに来たというのに、辺りには誰もいなかった。
「・・・誰もいないな」
サイズが辺りを確認すると、わたしを目的の場所へ案内した。
「うん・・・」

――どこへ行っても、辺りには誰もいなかった。
わたしは、サイズに辺りを警戒してもらいながら目的の場所へ向かった。
「不穏だな・・・」
「何が?」
「普通なら、我らは排除されてもおかしくはない場所に入っているのだが・・・」
そう言うと、サイズはわたしに止まるように指示した。
わたしは、それに従った。
「な、何なの?」
「やはり、我らを見逃すつもりはないか・・・」
そう言うと、サイズは突然「後ろだっ!」と言った。
わたしは、とっさに後ろに構えた。
すると、高い金属音が響いた。
「・・・さすがだな、サイズよ」
襲いかかってきたのは、サスラとクロスだった。
「任務をほったらかしでいいんですか、センパイ?」
「わたしは・・・、本当のわたしを知りたい。だから、今から魂の室(たましいのむろ)に行くの!」
サイズが押し返され、弾かれた。
「・・・再び罪を犯してどうするのですか? また同じことを繰り返せば、センパイはどうなることか・・・?」
「・・・サスラはどうしてわたしを止めるの? わたしに死を執行するため?」
わたしは、理由もなくサスラが止めにかかるとは思っていなかった。
だから、わたしはサスラに理由を訊いた。
「わたしは・・・」
サスラは、何かに戸惑っていた。
「・・・記憶なんて、ない方がいいよ」
そう言うと、サスラはクロスから手を放した。
「サスラ?」
「・・・本来は、生前の記憶なんかない状態で生まれるはずだった・・・」
サスラはそう言いながら、わたしの胸元に抱きついてきた。
わたしはサイズから手を放して、それを受け止めた。
「・・・でも、最近になって、死刑執行人の理が破れはじめたのです」
「それは、アスナが代表的だというのか?」
サスラは頷いた。
「わたしが、理を破ったってどういうことなの?」
「死刑執行人は、生前の世界で罪を償いきれなかった者が、生前の世界で罪を犯して償おうとする者が罪を償いきれずに死を迎えようとする時に、その手助けとなる者たちのことを言う・・・」
クロスが、続けてこう言った。
「・・・だが、明日奈は罪を償うどころか、罪を犯し続けて死を迎えてしまった」
「そして、死を迎えた明日奈は、死刑執行人になったからか、自分の罪を持ったまま生まれたからか分からなかったが、死に執着する生の世界の者たちに生きることを教えて、死を諦めさせたらしい」
二人の言ったことに、わたしは疑問を持った。
「・・・何故死刑執行人は、人を殺そうと考えているの?」
わたしの疑問に、サイズが答えた。
「・・・それが、天霊界の存在を保つためだからだ」
「え?」
わたしだけではなく、サスラも驚いた。
サイズの話したことに、クロスは怒った。
「貴様! どこまで禁則事項を話すつもりだ?」
サイズの言ったことに、わたしとサスラは何故だかショックを受けた。
「天霊界の存在を保つため・・・?」
「・・・もう、分かんないよ!」
そう言うと、サスラはわたしから離れた。
そして、こう言った。
「・・・早く、行ってください。わたしは見なかったことにしますから」
サスラは、わたしを押した。
「サスラ・・・?」
呆けているわたしに、サイズがこう声をかけた。
「おい、行けるのなら行くぞ?」
「あ、うん・・・」
わたしはサイズを持ち、魂の室へと向かった。
「サスラ、お前は・・・!」
「うるさい! あんたはわたしの僕でしょう。黙ってなさい!」
そしてサスラは、しばらくの間その場に佇んでいたという。

――魂の室。そこに、わたしが眠っている。
だけど、何故わたしがそこで眠っているのかは、サイズにも分からなかった。
「・・・ここが、魂の室・・・」
その部屋の奥に、わたし・・・明日奈がカプセルみたいなのに入れられていた。
「アスナ。右にある装置に手を触れてみろ」
わたしは、サイズに言われた通りにした。
すると、わたしは装置に引き込まれる感じがした。
いや、本当に装置に引き込まれたんだ・・・。
「アスナ!?」
サイズは床に倒れかかったままになった。

***

――ここは・・・?
わたしの目の前に見えているのは、何なのだろう・・・?
――・・・来たんだね、アスナ。
――え・・・?
――自分を思い出すために、アスナはわたしのところに来たんだ。
鏡を見たことはないけど、確かにわたしだ。
――アスナ?
わたしが語りかけてくる。
――確かに、わたしは明日奈としての記憶を取り戻したい。だけど、わたしは明日奈がどうして死刑執行人としての使命を果たさなかったのかを知りたいの。
――アスナだって、わたしと同じことをしようとしている。
明日奈はわたしの全てを知っている。
それはもちろん、わたしは明日奈だからだ。
――・・・そう、ユウを見つけてくれたんだ。
――うん・・・。
――ユウ・・・。わたしが戻ってきてくれたから、もうすぐユウのもわたしのも、罪が消えるんだよ。
――ううん。罪は消えないよ。
――何故?
――わたしが明日奈になったら、また同じことを繰り返す。明日奈は分かっているはずよ。
――何が言いたいのよ?
わたしは、今までのわたしとしての記憶を、必要もないのに話した。
――・・・だからじゃないけど、ちゃんと使命を果たせば・・・。
だが、明日奈はそれに応じなかった。
――イヤ! わたしがそうしたら、この世界のためにサイズに殺されるんだよ。分かっているの? ――分かっているよ。使命を果たせば、執行具に死刑を執行されるのはサイズから聞いたよ。だけど、使命を果たして、罪を償うことができれば、死刑執行人に縛られずに生まれ変わることができるの。
こんなことを明日奈に話さなくても、明日奈は死刑執行人の理を知っている。
――・・・償っても無駄なのよ。
そう言うと、明日奈はわたしに触れた。
すると、わたしがフッと消えた。
――アスナ・・・。わたしであって欲しかったよ。
そして、カプセルの中で意識が戻った。

***

――今のわたしは、何・・・?
カプセルの中で意識を取り戻したわたしは、頭の中がいろんなものでごちゃごちゃになっていた。
「アスナ!」
サイズの呼ぶ声が聞こえた。
「・・・」
カプセルから出してもらったわたし。
「アスナなのか? それとも、明日奈なのか?」
わたしはサイズの問いに答えずに、サイズを掴んだ。
「アスナ、何を!?」
「わたしは、サイズの知っているアスナではないわよ」
「な・・・」
わたしはサイズを一振りした。
「わたしは、久留野宮明日奈。わたしは元のわたしに戻ったわ」
「明日奈か・・・」
こうなることくらい、誰しも予想できたであろう。
「・・・アスナはわたしの偽者。最高執行人に作られた、偽りのわたしなのよ」
「ああ、そうだな・・・」
そして、わたしたちは魂の室をあとにして、ユウのいる世界へと戻っていった。

***

――もう、戻って来ないのか、アスナ?
アスナはもういないのだ。
それを分かっていても、どうしてもアスナを忘れることができないのである。

・・・あれから、何日経ったのだろうか。
やはり、明日奈は過去に交わしたユウとの約束を果たすために、今のユウに接触した。
だが、明日奈は彼の願いを叶えることはおろか、自分の願いすら叶えることができなかった。
そして、咲野勇の願いを叶えさせることができないまま、彼は亡くなってしまった。
原因は、あの発作が長く続いたことらしい。
アスナの時にはなんでもなかったことが、明日奈となると酷く発作が起きたのであった。
もちろん、彼の死を早めたのは、明日奈が第一の原因であることなのは、我には分かった。

・・・そして、ユウを失った明日奈は、死刑執行とは無関係の人をひたすら斬り始めた。
「こんな世界、消えればいいんだ!」
執行具の我に、死刑執行人を止められる力があるわけがなかった。
「天霊界のために、みんな死んじゃえばいいんだ!」
「やめろ! こんなことをやっても、お前の願いは叶わないぞ!」
「いや! いやいやいやいやぁ!」
明日奈は止まらなかった。
「落ち着くのだ。彼もそのうち生まれ変わるんだ」
「だけど、わたしはあのユウがよかった」
「・・・」
我にはよく分からないが、明日奈は何故『あのユウ』と言ったのだろうか。
「・・・サイズ?」
「ん?」
そして、明日奈は我に、あることを話し始めた。
「・・・わたし、この世界を何度も見たことがあるんだ・・・」
「何度も、とはどういうことだ?」
我は、明日奈が言ったことは当たり前のことだろうと思いつつも、彼女にそう訊いた。
「よく分からない。けど、まるでこの世界が何度も姿を変えているように思うの」
「・・・つまり、明日奈は何度も生まれ変わっているということか」
明日奈は頷いた。
「・・・かもしれない」
「そうか・・・」
そして、明日奈は話の本題に入った。
「・・・わたしは、最初に会った時からユウのことが好きだった」
そう始まった話は、じっくりと明日奈の口から語られていった・・・。