4 明日奈の願い

――昔のそのまた昔。わたしは確かに生きていた。
わたしは3回同じ世界で、『明日奈』という名前で生まれていた。
そして、ユウも3回同じ世界で生きていた。

1回目。
わたしとユウが初めて出会ったのは、大人として落ち着いた生活をしていたころだった。
大人だから大丈夫だろう、と思ったら大間違い。
わたしとユウでは格が違いすぎたのだ。
わたしはしがない平民に比べ、ユウは一国の王子だった。
この時代では、格差婚なんかあり得ないことだった。
もし、付き合っているのが見つかれば、引き離されるのが当然なのだ。
・・・きっかけとかはサイズにだけ教えるけど、わたしとユウは密かに付き合っていたのは事実だ。
わたしは、優しかったユウに惹かれた。
だから、ユウのためならどこまでも何だってしようと決めた。
でも、認められない仲は引き離される。
わたしたちも結局は王家によって引き離されてしまった。
それでも諦められなかったわたしに、ある日ユウからの手紙が届いた。
そして、その手紙に書かれていたことに、わたしは来世ではずっと一緒にいようって決めた。
・・・まぁ、他の人からすれば、おかしな人だと思われるけど、これがわたしなのだ。
・・・とまぁ、手紙に書かれていたことはこうだった。
「いつかは、一緒にいよう」と。
本来の意味なんか、一切分からなかった。
だけど、わたしは来世でもまた会えるのだと思い込んだ。

2回目。
そのわたしは、前世の記憶が何故かあった。
普通はあり得ないことだったが、わたしは前世で誓った愛を元に、世界を駆け巡れる将来にしようと決めた。
もちろん、それは現実となった。
・・・世界は、長きに渡る戦争で各国が衰退していた。
各国が潤うために、各国が争いを続ける。
そんなことを続けてきていれば、世界がどうなるかなんて分かりきっている。
そして、わたしもまた、その『やり合い』に加担していた。
わたしは騎士となり、世界各国を渡って、前世で一緒にいようと誓い合った相手であるユウを探した。
もちろん、見つかった。
だけど、ユウはわたしに刃を向ける相手でしかなかった。
「ユウ、わたしだよ。アスナだよ!」
「貴様、どうして俺の名前を知っている?」
「一緒にいようって誓い合ったじゃない!」
「知らない。・・・というか、言っている意味が全く分からないな」
ユウは、前世の記憶がなかった。
それが、当たり前なのだか・・・。
・・・そして、わたしとユウは何度も戦った。
最後の戦いは、わたしの故国が追い詰められていた。
わたしはその時も、ユウに誓いを言い続けた。
だけど、ユウには通じていなかった。
・・・そう思った。
それは、わたしがユウに斬られて死ぬ直前のことであった。
「アスナ。お前が味方だったら、この世界を本当の意味で救えたかもしれないな・・・」
それ、わたしを殺しておいて言うことか、と思った。
わたしは、ユウとならどこまでもついていこうと思った。
だけど、国を裏切ることができないせいで、本当の自分を押し殺していたのだ・・・。

そして、前世で死んで、わたしは死刑執行人になった。
わたしは、死刑執行人なんか気に入らなかった。
ただただ、生きた屍のような感覚の中でいたくはなかった。
だから、わたしは死刑執行人としてはいけないことをし続けてきた。
だけど、死ぬ運命にあるものを永遠に生かすことなんてできるわけがなかった。
だから、わたしは死刑を執行した後は、死んでいった人の悔いを感じて一緒に悲しんだ。
・・・そう、これが泣いていた理由なのだ。
だが、わたしの行動に気づいた最終執行人は、わたしに転生をさせないという罰を与えた。
わたしの中に秘められ続けたユウとの誓いに気づいたのだろう。
それのために何度も生きてもらっては困る、という判断なのだろう。
・・・しかし、わたしに一つのチャンスが与えられた。
それは、100人の死と引き換えにわたしの罰が消えるというものだった。
しかし、そのチャンスを受け入れるかどうかは、わたしに選ぶ権利はなかった。
・・・わたしは罰を受けた時からわたしの意思がなくなっていて、アスナになっていたのだ。

そして、アスナであるわたしは、魂だけ生まれ変わることを許されて、久留野宮 明日奈(くるのみや あすな)として生きることとなった。
だけど、過去までの明日奈の望みは、魂に執着していた。
しかし、それは久留野宮 明日奈としてのわたしにはなかった。
・・・これで、3回目。
わたしは、前世までの記憶を無くして生まれ変わった。
3回目にしても、ユウと会うことができた。
しかも、今度は幼なじみとして。
前世の記憶を持たないわたしでも、ユウを好きになった。
ユウもまた、わたしのことを好きでいてくれた。

・・・そして、いろいろあって、わたしは事故で死んだ。
知っている通り、馬鹿みたいにユウを庇ってね。
わたしがユウの代わりに死んだのは、ある声が聞こえたからである。
――魂よ。還る時がきた。
その声が聞こえた途端、わたしは何故かユウを歩道に押し出して、車を目の前にしていた。
誰かに操られたみたいであった。
・・・だけど、何故最終執行人は何故わたしをアスナとしてあの世界に還したのかが全く分からないのである。

・・・そして、アスナとして死刑執行人となり、明日奈として存在できるようになり、今に至るのである。

***

――100人の死と引き換えにわたしがアスナとなった。
それは、どういうことなのかをサイズに訊いた。
サイズはこう答えた。
「明日奈に対する特例だ。お前が何故生まれ変わる意思を持ち続けているのかを知りたかった、と我は聞いている」
「普通の死刑執行人ならともかく、特例を下したのは最終執行人だよね。最終執行人なら、わたしのことなんか、知り尽くしているはずだと思うよ」
「そうだな。だが、最終執行人はそれが明日奈を意味するものかを確かめるために、お前の記憶を全て消して他の人間と同じにしたのだ」
そして、実験されたわたしを使った結果というと・・・?
「明日奈であって、明日奈ではなかった。我はそう聞いた」
「それって、わたしらしくなかったっていうことですか?」
「ああ、そういうことだと思うな」
そうだね・・・。
わたしは死刑執行人としての使命を果たさなかったから、わたしの身体と魂が分けられた後、魂は操られていたのだ。
生まれ変わった間は操られたような感じはなかったけど、わたしとしての心が欠けていた。
果たして、久留野宮 明日奈としてのわたしとアスナとしてのわたしは、最終執行人には何の意味があったのだろうか? わたしは、それが気になった。
そして、わたしはサイズにそれを提案した。
「ねぇ、サイズ?」
「ん? 何だ?」
「最終執行人に会いたいんだけど・・・?」
それを聞いたサイズは、とても驚いていた。
「明日奈、お前・・・!」
「・・・言っておくけど、わたしは殺されるために行くんじゃないんだよ」
「そんなのは分かっているよ」
わたしはそう言っていても、自信があるわけではなかった。
「わたしはただ、ユウと一緒にいたかった。平和な世界で一緒にいたかったんだ・・・」
「・・・それが、願いなのは分かっている。だがな、最終執行人は、明日奈となったお前を許すことはないだろう」
「いや、絶対に許してもらう」
「お前は罪の上に、さらに今回の罪を重ねている。それで、お前の願いを聞くわけもない」
サイズは何かを勘違いしているようだった。
「・・・サイズ。最終執行人は、何故わたしを久留野宮明日奈やアスナとしてのわたしを作ったんだろうっていうのを、聞きに行きたいのよ」
それを聞いたサイズは、少し考えた後、こう言った。
「・・・要するに、お前は久留野宮 明日奈とアスナとして生かされた意味を知りたいのか?」
わたしは頷いた。
「・・・分かった。とは言っても、執行具としての我には何かを決めてもその通りには動けぬからな・・・」
「ごめん、サイズ。わがまま言っちゃって」
「謝らなくてもいい。それと、お前とは修羅の道だってついて行くと決めたんだからな」
「あ、はは・・・」
わたしは笑った。
そういえば、笑うのも久し振りかな。
「・・・じゃあ、また戻ろうか?」
「ああ。いいぞ」
そしてわたしたちは、目の前にしていた天霊界へと再び乗り込んだ。

***

――天霊界にまた戻ってきた。
また戻ってきたところで、どうなるかなんて分かっている。
だけど、わたしの知りたいことは、多分最終執行人にしか分からないことだから、どんなことが待っていても行くだけだ。
「センパイ・・・」
サスラが、通路に立ちはだかった。
「どうして、戻ってきたのですか?」
「わたしは、わたしの知りたいことを、最終執行人に聞きたいの」
「最終執行人に、だと!?」
サスラとクロスは、驚いた。
「だめです。センパイが行ったら、殺されちゃいます」
「わざわざ、殺されに行く必要はない」
二人は明日奈とサイズを止めようとした。
だが、明日奈とサイズは覚悟を決めていた。
「大丈夫」
「明日奈には手を出さないだろうからな・・・」
それを聞いたサスラとクロスは少し考えた後に、こう言った。
「・・・大丈夫じゃないよな?」
「ええ、そうよ。クロス」
そう言うと、二人は道を開けてくれた。
「・・・ご一緒、させてください」
サスラは笑顔でそう言った。
それに、明日奈とサイズは・・・。
「ううん。これはわたしの問題よ」
「そうだな。他の誰かがどうこうできることではないな・・・」
「確かにできないね・・・」
明日奈がそういうと、サイズをサスラに渡そうとした。
「センパイ! どういうことですか?」
「わたしが望んでいることは、サイズとは全く関係のないこと。だから、サイズとはここでお別れ・・・」
それを聞いたサイズは、大声で怒鳴った。
「明日奈。我はどうなってもいい。だから、最後までお前と共にいたいのだ!」
「ううん。サイズには、死刑を執行されたくはないから・・・」
「されるとは限らん。だから・・・」
「わたしはただ、サイズがサイズであってほしいだけなの・・・!」
明日奈がそう言いきる前に、サイズはこう言った。
「俺じゃ、だめなのか!」
「え・・・?」
いつもとは違うサイズの声だった。
「明日奈の望みは、俺の望みだ!」
「その声は・・・」
明日奈はサイズを手放すのをやめた。
「どうして・・・! この声・・・」
「分からないとは言わせないな、明日奈」
「うん・・・」
そう、彼だ・・・。ユウだ・・・。
「ユウ・・・!」
わたしは、とても嬉しかった。
こんな身近にユウがいたなんて信じられなかった。
「・・・分かってくれたか。今はサイズになっているけどな・・・」
「いいの。わたしには、ユウがいてくれればいいの」
「俺は、今だけここにいられる。もうすぐ俺が消えるんだ」
「え?」
ユウによれば、ユウはサイズによって少しの時間だけ魂を支えられているらしい。
「・・・とにかくだ。サイズを一緒に連れて行ってやってくれ。俺も望んでいる」
わたしは、それを認めるしかなかった。
「・・・分かった。何もかも、わたしのわがままだけであったのかと思った。だけど、わたしのわがままをサイズは何も言わずに受け入れてくれていたんだよね・・・」
そして、わたしはサスラが開けてくれた道を進んだ。
サスラは、わたしの言った通り、ついて来なかった。
「・・・いいのか?」
クロスがサスラにそう訊くと、サスラはこう言った。
「いいのかって言われても、あたしが手を出しちゃいけないって分かったのよ」
「そうか・・・、だめなのか・・・」
「それと、ね・・・」
サスラは、クロスを構えた。
「ふっ・・・」
「行くとしますか・・・」
「そりゃ、結構なことだな!」
いつの間にか、辺りにはたくさんの死刑執行人がいた。
「あたしは、死刑執行人になんか、なりたくなかったよ。いくら人を殺しても罪はないけど、あたしはその死に遭っているんだからねっ!」
そして、サスラとクロスは大勢の死刑執行人を相手にした。

***

――最終執行人。それは、死刑執行人の中でも一番格が上の者を指す。
最終執行人の正体は、何故かわたしは覚えていない。
そして今、その正体不明の相手の所にわたしたちはやってきた。
「・・・ほう。自ら、死を選んだか・・・」
「ううん。わたしは、どうしてわたしではない時を作ったのかを知りたいのです」
わたしは、自分の疑問をぶつけた。
「ふっ・・・。たくさんの罪を負いながらも、ここまで来られたご褒美に教えてあげようか・・・」
そう言うと、最終執行人は明日奈の首を掴んだ。
「な・・・っ!」
「明日奈!」
「・・・教えてくれるんじゃなかったのですか?」
最終執行人はこう言った。
「・・・今から、教えてやる」
「きゃあぁぁぁ!」
わたしが身動きが取れない所に、体が痺れるような感覚を感じた。
「う、ううん・・・」
「お前はもう、伝わっているはずだ」
「あ・・・」
言われた通り、確かに伝わっていた。
・・・それは、こうだった。
「わたしに、罪の重さを知って欲しかった・・・?」
「そうだ。一人の身勝手で、すべてが変わってしまうことは少なくはないんだ」
「だが、それと明日奈にどういう関係があるんだ?」
最終執行人は答えた。
「分からぬのか? お前は、誰もが望む『生まれ変わり』を自由にしようとしたのだぞ」
「自由にって?」
「決めるはずの道を、お前は生まれてから死ぬまでを決めようとしている」
「・・・本当なら、それは生まれてから決めるもの。それは、『運命』というやつか?」
サイズが言ったことに、最終執行人は頷いた。
「・・・普通なら、全ての世界に別の世界の記憶は持ってこられない。だが、明日奈の魂に消せないほど深く刻まれた意志があるせいで、明日奈は世界の理を無視できてしまう、ということか・・・」
「ふっ・・・、さすがは執行具サイズ。我の力の一部を持つ者だな・・・」
わたしは、世界の理なんか知ったことじゃない。
だけど、最終執行人から見れば、わたしは特別だけどあってはならない存在だというのが分かったような気がした。
「・・・わたしは何でもできてしまう。だけど、そのせいで、わたしは失うものがない・・・」
「・・・分かってきたようだな」
「だが、明日奈はまだ死刑執行人としての罪しかない。今まで明日奈が生きてきた世界では、明日奈自身の罪は何もないはずだ」
サイズには教えていない、わたしの部分。
だけど、サイズはそれを話していた。
これも、最終執行人の力の一部なの?
「そうだな・・・」
そう言うと、最終執行人は近くにあった鎌を手に取った。
補足する必要はないだろうけど、決してサイズではない。
「・・・まずは、死刑執行人としての罪を、罰として受けてもらおうか」
最終執行人の鎌が、わたしに目掛けて降り下ろされた。
「う・・・っ・・・」
わたしは何の抵抗もせずに、それを受けた。
「明日奈!」
「大丈夫・・・。どうせ、罪を償わないと、わたしの願いは叶わないから・・・」
わたしは、わたし自身が平気ではないことが分かっていた。
前にサスラと戦った時にはなんともなかったが、今のわたしは生身だ。
死刑執行人が霊的存在とはいえ、人としてでもあるし、感情や心だってあるものはあるし・・・。
「あ、あはは・・・」
「・・・やはり、大丈夫じゃないか・・・」
受けた時だけ、ちょっとクラッときただけ。
「いいの・・・」
わたしは、まだこれだけではないと思った。
「ま、まだ・・・、あるんです・・・よね?」
「あぁ、あるとも・・・」
最終執行人は再び、鎌をわたしに目掛けて降り下ろした。
「うぐ・・・っ・・・」
「明日奈よ。お前は、お前の罪を自覚しているか?」
わたしにある罪と言えば、わたしがわたしではなかった経験をして、何も感じなかったこと。
そして、死とは無関係の人を100人は殺したことだ。
わたしは、それらを言った。
「・・・まだ、足りぬのか?」
「・・・!」
最終執行人は鎌を再び振り上げた。
「やめてください!」
「・・・もう一度、お前の本当にやりたいことを見直してみるといい・・・」
そして、最後の一撃がわたしに目掛けてきた。
「う・・・」
わたしは、その場に倒れた。
「明日奈!」
「・・・明日奈はここで死んだのだ・・・」
「どういうことですか?」
「それは、お前も確かめてみるといい・・・」
そう言うと、最終執行人はサイズの核を鎌から取り外した。
「明日奈とサイズよ。お前たちは、何もない状態からやり直してみよ・・・」
そしてその後、わたしやサイズに何があったのは、全く分からなかったのであった・・・。
「サイズよ。お前も罪を償うといい・・・。『叶えられなかった願い』という罪をな・・・」
最終執行人はそう言い残して、わたしたちをどこかへを担いでいったらしい・・・。

***

――わたしは、アスナ。
近くには、ユウという幼なじみ・・・ううん、結婚を決めた人がいる(思い込みである)。
「・・・ユウ、何をしているの?」
わたしは、ユウが指揮をしている部隊の隊員として活動している。
「何って・・・。アスナには、何度も教えたはずだろ?」
「あ、ああ・・・。それって、わたしのためのリボン?」
「ち、違う、からな・・・」
そう言って、いつもわたしにプレゼントしてくれている。
「俺は、青より赤の方がいいと思うけどな」
「いいの。わたしは、青の方が好きなの」
「そうか・・・」
ユウはリボンをくれた。
「・・・さて、行くか!」
「はい!」
そして、わたしたちは今日を生き続けていくのであった。
・・・そう。これは一人の少女が願ったことなのである。